余命について。宣告を受けたときに、あなたがやるべきこととは

ご家族の通夜・葬式準備
余命について。宣告を受けたときに、あなたがやるべきこととは
「余命」とは、残りの命のことです。医師から伝えられる「余命宣告」は衝撃的ですが、生きるのに残された時間とは限りません。もっとずっと長く生きられる人もいます。この記事では「余命」の基礎知識に加え、余命宣告されたときにできることについて紹介します。

余命の意味と医師の判断基準

残された命を表す「余命」。一般的なイメージと医師が考える余命の違いに加え、余命に関わる「寿命」と「予後」についてもご紹介します。

余命の一般的なイメージと医師の判断基準は違う

一般的なイメージの「余命」とは、現時点であとどのくらい生きられるかという年月を示したものです。

これに対して「余命宣告」は、医師が重い病の患者に生存期間の目安を告げることです。最近では、正確性に欠けたり、治療の妨げになったりするため、余命宣告をしない方針の医師もいるようです。ただし、重い病名を告げられると、患者も家族も余命が気になります。そこで、医師が目安としての余命宣告をすることがあります。

余命宣告を受けると、その期間しか生きられないと思い込む人が多いかもしれません。しかし、余命宣告はあくまでも医師の予測です。「余命1年」と告げられても、もっと長く生きられる可能性は大いにあります。

実際の余命は個人差が大きい

余命は、患者個人の病状はもちろん、病気生存率や治療期間などの統計データや、過去の症例などの経験値から医師が導き出します。データや経験を基にしているといっても、患者によって個人差があり、正確な余命を出すのは困難です。

また、医師という個人の判断によるものなので、同じ病状でも余命に差がでる場合があります。もし宣告した余命よりも短い期間で家族が亡くなったとしたら、「適した治療ではなかった」と考えませんか?また、宣告された余命より長く生きられたときには「治療をよく頑張った」と思える一方、「医師の判断は誤りだった」と思うのではないでしょうか。こうした本人や家族の気持ちも治療の一環と考えながら、医師は余命宣告をおこなっています。

余命と寿命の違い

「寿命」は、生物が生まれてから亡くなるまでの期間のことを指します。戦前から現在にかけて、平均寿命は年々延びてきました。年代ごとの平均寿命の移り変わりをまとめたので参考にしてみてください。
・1950年代…男性・58歳/女性・61歳
・1960年代…男性・65歳/女性・70歳
・1970年代…男性・69歳/女性・74歳
・1980年代…男性・73歳/女性・78歳
・1990年代…男性・75歳/女性・81歳
・2000年代…男性・77歳/女性・84歳
・2010年代…男性・79歳/女性・86歳

※参照:https://www8.cao.go.jp/kourei/kou-kei/24forum/pdf/tokyo-s3-2.pdf(平均寿命の推移 - 内閣府)
1950年代から2010年代まで比べてみると、20歳近く平均寿命が延びていることがわかります。長寿化には、食生活の変化、医療体制の充実など、さまざまな社会的背景が影響していると考えられます。

余命と予後の違い

余命宣告の際やその後の治療で聞くことの多い「予後」は、病気や治療の見通しのことを示します。「予後が良い」とは、治療の経過が良い状態です。回復に向かっていたり、小康状態が続いていたりします。「予後が悪い(=予後不良)」とされた場合は、経過が良くない状態であることを表しています。病気の悪化や再発、後遺症が残る、回復が見込めないなど、深刻な報告になります。

自分が余命宣告を受けたときにできること

自分の命が残りわずかだと告げられてショックを受けない人はいません。ここでは余命宣告を受けた本人ができることについて紹介します。

余命宣告されたら・・・

医師から余命宣告をされたら、誰もが恐怖に襲われます。まずは誰のことも他の何のことも考えなくてよく、衝撃をただただ受け止めることに専念します。辛い気持ちを封じ込める必要はありません。吐く息をながくしたり、思い切り落ち込んだり、泣き叫んだり、書き綴ったり、歌ったり、食べたり、温泉につかったり、誰かに気持ちを打ち明けたり……、思いつく限りの受け止め方、発散法を試します。難しいですが、病気の恐怖、死の恐怖に支配されないことが大切です。

余命宣告は予測です。楽観視はなかなかできる芸当ではありませんが、希望は残しておくようにしてください。気持ちのあり様によって、病気の経過が変わることもありえます。

今やりたいことを、する、書く、残す

家族や大切な人との時間を思うと、涙が止まらないかもしれません。泣くことはストレスの発散になるので、問題ありません。ただ疲労感もともなうので、他にやれることがあれば行動してみることをおすすめします。例えば「家族と散歩がしたい」と思ったらすぐに誘ってみるなど、できそうなことはすぐにやってみましょう。

余命宣告された直後は混乱し、自分がやりたいことがわからないかもしれません。そのようなときは、時間をおいてから、やりたいことを書き出してみてください。「やりたいことリスト」を作って頭を整理すると、自分が求めているものが明確になります。少し元気が出てきたら、「余命いくばくもないぞ!」を武器にしてやりたいことをやりましょう。

ブログや日記を書くのもおすすめです。手を動かすと、脳にも心にも良い刺激が与えられます。小さな幸せでも書き残すようにすると新しい発見があり、明日への希望がわきます。闘病記ブログともなれば、他に同じ病の不安を抱える人の役にも立ちます。

遺言を考える

気持ちが落ち着いてきたら、遺言について考えます。自分の希望を明確にしておけば、遺産相続などで家族がもめる可能性が減ります。

遺言を書類などにまとめる前に、家族と話し合いの場を設けられれば尚いいです。自分の気持ちを大切にしつつ、家族の意見も取り入れておくとわだかまりが少なくなります。家族の愛想やサービスもぐっと良くなるかもしれません。

子どもがいるときには、細かなところまで伝えておくと安心です。ある程度の預貯金の場所や暗証番号、死亡保険の有無、治療方針、最期の迎え方、葬儀等々。希望を伝えられた子どもの方も、覚悟と用意ができて、冷静に対処できるでしょう。

莫大な遺産がある人ほど準備万端で亡くなるので、残された家族ももめにくいそうです。死亡保険が200、300万円くらいでたいした遺産ではないからと放置せずに、遺言をまとめておきましょう。残された家族には大事なお金です。遺言書にする際は、下記の記事も参考にしてみてください。

身近な誰かが余命宣言を受けたときにできること

ある日、身近な人が余命宣告を受けたと知った場合はショックを受け、何をしたら良いのかわからなくなる人がほとんどです。本人だけでなく、周囲の人もつらい思いを抱えなければならないのが余命宣告と言えます。本人に寄り添い、できることを見つけていくことが大切です。ここでは、身近な誰かが余命宣告を受けたときにできることを紹介します。

静かに見守り、いつもそばに居る

身近な人が余命宣告をされるのは、とても悲しいことです。絶望を感じたとしても、余命宣告を受けた本人が最もつらい状態にあることを忘れないようにしてください。平気そうに見える時ほど、ひとりで悩みを抱えているかもれません。

いつも寄り添い、求められたら励ましの言葉をかけて、苦痛や悲しみを和らげるようにしたいものです。本人の様子を見て静かに見守り、必要なときには手を貸すようにすると良いかもしれません。

やりたいことを聞いて実現してあげる

本人の悔いが残らないようにすることにも意識を向けてみてください。今まで諦めていたこと、やりたいことがあれば、実現できるように動いてみる。行きたい場所や会いたい人など、具体的に聞いてリストアップしておくとサポートしやすいです。病状によっては難しいこともあるかもしれませんが、できるだけ本人の希望が叶えられるといいですね。

もしものときの確認をしておく

家族が余命宣告を受けた場合、お金や持ち物の処分方法、どんな最期を迎えたいかなどを確認することも重要です。葬儀については聞きにくいかもしれませんが、確認しておけば本人も安心かもしれません。

親はもちろん、友人や仕事関係の人であっても、「もしものときはこうしてほしい」と何か託される可能性があります。余命宣告を受ける前に、身じまいについていろいろと話し合える環境があると、穏やかな最期の日が迎えられるのではないかと思います。下記の記事も参考にしながら、自分にできることを考え、いざというときに備えておくことをおすすめします。

余命宣告に一度は負けても立ち上がる

余命宣告はあくまで予測であり確実なものではありません。宣告されればショックを受けて落ち込むのは当然で、一度は恐怖に負けて、周囲に迷惑をかけるかもしれません。しかし、大変なときには周りの手をとことん借りましょう。自分の気持ちを再び持ち直したときに、余命宣告よりも長く生きて、優しい気持ちとエネルギーをお返しすればいいのです。