「年を重ねるたび、"知らない"を知る」秋吉久美子さん【インタビュー後編】~日々摘花 第1回~

コラム
「年を重ねるたび、"知らない"を知る」秋吉久美子さん【インタビュー後編】~日々摘花 第1回~
「日々摘花(ひびてきか)」は、様々な分野の第一線で活躍する方々に、大切な人との別れやその後の日々について、自らの体験に基づいたヒントを頂く特別インタビュー企画です。

本編は、第1回のゲスト、女優・秋吉久美子さんの後編です。
自由奔放な発言と天真爛漫なイメージのある秋吉さんは、実は学び続ける人。前編では、尊父を亡くされた経験に基づく「別れは学び」であるという独自の価値観についてお話しいただきました。後編では、さらに深く学びへの意識や宗教観、人生観をうかがいます。

両親を失ってより強くなった「学び」の意識

ーー「学ぶ」という言葉を実践するように、秋吉さんは40代でアメリカへ留学されていますね。

秋吉さん:映画『トップガン』(1986年)に衝撃を受けて、どうしたらあんな映像が撮れるのか、どのように編集しているのかを知りたくて、アメリカのアートカレッジに入学すると決めました。

ーー好奇心と行動力がすごい(笑)!

秋吉さん:「観てみたい」「体験したい」と思ったら、即行動を起こすタイプなんです。私にとって世の中の出来事は二種類に分けられていて、一つはニュースで知っていればいいこと。もう一つは自分で確かめないと気が済まないこと。『トップガン』を観た衝撃は後者でした。40歳になり仕事も一区切りつけたいと考えた時期でもあったので、サンフランシスコで映像技術を学ぶために渡米することにしたんです。留学後すぐに映画『深い河』(1995年)のためにインドで2ヶ月間撮影して、留学先では足の骨折までして大変な日々でしたが、その時学びたかったことはしっかり学べましたね。
ーーさらに50代では、大学院入学まで…!大学院で学ぼうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?

秋吉さん:立て続けに父母を亡くして、自分の人生を何か形にして捧げようと思ったんです。自分で言うのもなんですが、私、子供の頃は成績も良くて、模範的な生徒だったんです。「勉強しなさい」と言われなくても勉強したし、放課後に先生から問題ある生徒の扱いについて相談を受けるほど信頼もされていました。そんな私を母も誇らしく思い、大学を卒業して、学校の先生とかお堅い会社に勤めて欲しいと考えていたんだと思います。
ーーなるほど、お母様はどのような方ですか?

秋吉さん:母は、70歳過ぎてからコンピュータの勉強をしようとしたくらい、向学心が強かった人です。新しいことにも積極的に挑戦し、入院中も「今日は寒いからお風呂に入って温まってね」と絵文字付きでメールしてくるような人でした。

それなのに高等教育を受けられない時代に育ったから、娘の私にはできる限りの教育を受けさせたいと思っていたはずです。でも私が大学へ行かずに芸能界に入り、直ぐに忙しくなって、なおかつ「自由奔放」「天真爛漫」「問題児」などというレッテルを貼られてしまったので、母はご立腹だったと思います。父はしっかり高等教育を受けた人ですが、同様に娘にも大学を卒業して欲しかったのだと思う。

ーー秋吉さんの好奇心は母親譲りですね!芸能界に入るより、両親の期待に応えて学業を修めたかったと思うことは?

秋吉さん:私は大学より芸能界を選んでしまい、両親に対して申し訳ないという気持ちは抱えていました。だからこそ、大学院入学で、私はまだ学び続けていますよ、向学心に溢れていますよ、という姿を亡くなった両親に見せたかったのかもしれません。
ーー亡くなったご両親への供養の意味もあっての大学院進学だったのですね。

秋吉さん:「あなたたちが望んでいたように、私は今も勉強を続けている」という証を捧げようと思いました。「葬式に何人呼びました」「立派な墓を建てました」と、形を整えて故人を見送るだけでなく、心のお葬式というか、自分をより成長させていく姿を両親に見せて供養としたかったのです。

「学び」が自分の体の一部になる

ーー大学院で専攻した公共経営学部とはどんな学問なのでしょうか。

秋吉さん:公共的な組織の運営に「経営学」の発想を導入することで、効率的・効果的な運営を目指す学問ですね。今の日本が直面している問題について学んでいく、とてもプラクティカルな学問でした。大学院は教えてもらうところではなく、自分の意思で研究を進めていくための場です。それが社会にとって意義のあることだと認めてもらえればどの学部にも出入りすることができましたから、私は東洋哲学の研究もしました。
ーー仕事を続けながら学ぶのは大変だったのでは?

秋吉さん:レポート提出、プレゼンテーションなどやらなければいけないことがたくさんありました。それでも、「芸能人だから途中でやめるだろう」と世間の目も厳しいと思われたので、必ず最後までやり遂げるのが必須でした。かなり努力したとも思います。大学院で多くを学んだおかげで、3.11の現実に直面したときもただ悲嘆に暮れるだけでなく、復興までどのような道筋を描けばいいのか、そのために自分は何が出来るのか、どこまで動いて、どこで引くべきなのか。そういう考え方、物事を柔軟に捉える"目"を養うことができたと思います。今の学校でも学ぶべき学問なのかも知れませんね。
ーー秋吉さんは熱心なカトリック教徒でもありますが、洗礼を受けたことで得た別の"目"はあるのでしょうか?

秋吉さん:子供の頃から教会に通っていましたが、洗礼を受けたのは4年ほど前です。身体で例えるなら、今まで芸能界を血と肉で生きてきたところに「大学院での学び」という骨格ができ、さらに神という拠り所を持てたことで、自分のなかの精神世界を確立できたように思います。

やらないで後悔するより、やって後悔したほうが人生楽しい

ーー秋吉さんは、社会人学習や地域貢献など、前向きで積極的な生き方をされていると感じます。終活でされていることはありますか?

秋吉さん:洗礼を受けたことは心の終活ではないかと思います。終活は本来、生まれたその時からやることです。今はしていないと思っても、焦らずに気が付いた時から始めればいいのではないでしょうか。
ーー終活では時間が限られ、自分らしく生きる上ですべきことの選択も迫られると思います。秋吉さんの中で「やる or やらない」「良い or 悪い」の判断基準は何処にあるのでしょうか。

秋吉さん:自分を何処まで許すのか、という線を引くことではないでしょうか。自分の本意に沿って生きているのか、その本意とは何かと問い続けることだと思います。私たちの暮らしは、他の多くの動物の犠牲の上に成り立っているし、環境も破壊しています。その行為の全てを否定したら俗世を捨てて出家するしかないと思う。それはできないから、 “そこそこ”外しているくらいならOKということにしないと生きていけなくなってしまいますからね(笑)。
ーー問い続ける毎日とは!時間がどれだけあっても足りませんね。

秋吉さん:もう、初老化ですけど(笑)。まだまだ学びが足りていないし、年齢を重ねるごとに自分が知らないことの多さに気づかされます。でも、ものを知らない方が勢いはありますよ!
ーー最後に読者の方にアドバイスをお願いします。

秋吉さん:私のように発言する人間より、ものを言わない皆さんの方が賢いと思っています。でも、それではインタビューにならないわね。一言だけ。やらないで後悔するより、やって後悔したほうが人生楽しいと思います。「思い立ったが吉日」ですかね。
EPISODE 追憶の旅路:人生でもう一度訪れたい場所はありますか?
行きたいところはたくさんあります!例えばイスラエル。2年前(2018年)に訪れたのですが、またエン・カレムに行ってみたい。ここは聖母マリアが受胎告知をされた後に、のちに洗礼者ヨハネの母になる、いとこのエリザベトを訪ねたと言われている場所です。この土地でヨガやメディテーションをして、そこから改めてエルサレム、そしてネゲヴ砂漠(キリストが悪魔の試みを受けられたところ)にも行ってみたい。インドには4回行きましたが、まだまだ行ってみたい。ケニアにも機会があればぜひ。ギリシャ、北欧にも惹かれます。ロシア文学が好きなのでトルストイやドストエフスキーが描いたモスクワも一度見てみたいですね。

【エン・カレムへの旅】

イスラエルの都市・エルサレムの西郊外にある村。エンカレムは「ぶどう園の泉」という意味で、洗礼者ヨハネの親が暮らしたと言われるキリスト教ゆかりの地。日本からイスラエルへの直行便はなく、経済都市・テルアビブまでトルコやヨーロッパの経由便で15~18時間ほどかかる(乗り継ぎ時間を除く)。そこからエルサレムやエン・カレムまではタクシーやバスを利用する。ガイド付きツアー、現地ツアーなどを利用するのがおすすめ。

プロフィール

女優・秋吉 久美子さん

【誕生日】7月29日
【経歴】幼少期~高校卒業まで福島県いわき市で育つ。デビュー作は1972年 松竹映画「旅の重さ」。
【趣味】詩吟/旅行/読書/書/ヨガ
【ペット】イヌ(オス♂ 名前:フランソワーズ)
【そのほか】2009年、早稲田大学政治経済学術院公共経営研究科卒業。2013年には、東北未来がんばっぺ大使(消費者庁)に就任。

Information

今回インタビューにご出演くださった秋吉久美子さんの書籍「調書:秋吉久美子(著・秋吉 久美子、樋口 尚文)」が、筑摩書房より2020年9月18日に発売決定!デビュー以来の出演作品について、映画監督兼評論家である樋口尚文氏と語りつくします。ぜひ、お手元に一冊。
(取材・文/清水 清  写真/金谷 浩次)