「2035年9月2日までは絶対に生きる」森田正光さん【インタビュー後編】~日々摘花 第12回~

コラム
「2035年9月2日までは絶対に生きる」森田正光さん【インタビュー後編】~日々摘花 第12回~
「日々摘花(ひびてきか)」は、様々な分野の第一線で活躍する方々に、大切な人との別れやその後の日々について、自らの体験に基づいたヒントをいただく特別インタビュー企画です。

本編は、第12回のゲスト、森田正光さんの後編です。
お天気キャスターとして活躍し続けるだけでなく、41歳で自ら気象情報会社を立ち上げ、後進の育成にも力を注いできた森田さん。前編では駆け出しのころから憧れ、「唯一の師」と仰ぐ気象キャスターの故・倉嶋厚さんとの別れについてお話しいただきました。後編では、ご自身の死生観についてうかがいます。

指し分けのまま最後になった、親友との対局

ーー森田さんは「死」というものをどのように捉えていらっしゃいますか?

森田さん:「死とは何だろう」という単純な関心は若いころからありましたが、最近は学生時代の同級生が亡くなったという話を人づてに聞くことも増えて、死をより切実に感じるようになりました。

2年ほど前に、いつも一緒に将棋を指していた親友も見送りました。他界する半年ほど前に会って、がんで余命宣告されたことを聞いたのですが、傍目にはいつも通りだったんですよ。その日は将棋を「今日はここでやめよう」と指し分けて、それが最後の対局になってしまいました。

「死の包囲網」とまでは言わないけれど、じわりじわりと死が自分にも近づいている。そう考えると、最初はやはりショックでしたね。受け入れられない、という思いが強かったです。ただ、だんだんと運命や寿命を受け入れていくしかないという気持ちも生まれてきました。死を想う時、私のよりすがりとなるのは「宇宙」なんですよ。

ーー宇宙、ですか。

森田さん:これからお話しするのはあくまでも持論ですが、ちょっと「光の速さ」について一緒に考えてみてください。光の速さは秒速約30万キロで、太陽まで約8分20秒。すなわち、今見ている太陽は8分20秒前の太陽です。次に、太陽系から一番近い恒星はケンタウルス座のアルファ星で、地球からの距離は4.3光年。光の速さで4.3年かかるわけですから、今この瞬間、アルファ座にテレポートして地球を見たら、4年前の地球が見えますよね?

ーーはい。

森田さん:では、70光年離れた場所から今、地球を見たらどうでしょう? 原理的には、私が1歳の時の自分が見えるはずじゃないですか。つまり、僕の肉体が消滅したとしても、無限の宇宙のどこかに僕の存在は残るということです。

そう考えると、死によって肉体がなくなることそのものは、大きな問題ではないのかもしれない気がしてきましてね。死を恐れるよりも、今この瞬間を大事に生きようと思うようになりました。あと、僕には目標があって、2035年までは絶対に生きようと決めているんです。

これを見るまでは死ねない!

ーーなぜ2035年なのでしょう?

森田さん:2035年9月2日に北陸から北関東で皆既日食が見られるんです。皆既日食というのは月が太陽を完全に隠す日食で、ほとんどの人が一生に一回も見られない現象なんですよ!2035年の皆既日食は、日本列島で見られるものとしては1963年に北海道で見られて以来72年ぶり。本州では1887年以来、148年ぶりとなります。

僕が初めて皆既日食を見に行ったのは、日本気象協会に勤務していた30年前。1991年7月11日にハワイ島上空で皆既日食が起きるということで、テレビ番組の取材の仕事で行ったのですが、曇ってしまって、僕たちが待機していた場所では見られなかったんですね。すると、周りにいた高齢の方が泣きはじめたんです。

聞けば、その方は皆既日食の美しさのとりこになって世界各地の皆既日食を追いかけている「日食病」の人でした。「自分の年齢と体力を考えると、もう次の皆既日食は見られない。これが最後のチャンスだったのに」と嘆く姿を見て、当時の僕にはその気持ちがよくわかりませんでした。

でも、何となく好奇心をくすぐられ、2009年7月22日の皆既日食を上海に見に行ったところ、またしてもお天気に恵まれず、見られませんでした。そうなると、ますます見たくなりましてね。翌年にチリ領のイースター島でダイヤモンドリングを拝んだのが運のつき。僕も「日食病」にかかってしまい、これまでに世界7カ所に皆既日食を見に行きました。

ーーそれでも、さらにご覧になりたいんですね。

森田さん:もう、この世のものかと思うほどのきれいさなんですよ。映像で見るのとはまったく違います。あんな素晴らしいものを日本で見られるなんて、それまでは絶対に死ねません。だから、最近はお酒の量も控えていますし、健康診断も半年に1回必ず受けています。

皆さんにも2035年9 月2日の皆既日食はぜひ肉眼で見ていただきたいです。その日に皆既日食が見られるのは、能登半島から長野、宇都宮、水戸といった都市上空。細い帯状の限られた地域だけですから、きちんと調べて、悔いのないようにしてくださいね(笑)。

一日一日を「あしたはあした」と新たな気持ちで

ーー最後に、読者の皆さんにお言葉をいただけますか?

森田さん:「あしたはあした」という言葉が好きで、色紙をお願いされるといつも書いています。幕末に活躍した、学者の横井小楠(よこい しょうなん)という人物がいましてね。彼のことを知って、その姿勢に感銘を受けて思いついた言葉なんです。

横井小楠は、勝海舟の談話を記録した『氷川清話(ひかわせいわ)』という書物の中で、「俺はこれまでに恐ろしいと思う人物をふたり見た。ひとりは西郷隆盛。もうひとりは横井小楠だ」と評されているほどの人物です。

小楠はディベートの達人で、誰と議論をしても勝ったそうですが、周囲から一目置かれていたのは、それだけが理由ではありません。彼は意見を言う際に、どんなに非の打ちどころのない内容であっても、必ず「今日はこう考えますが、明日は別のことを考えているかもしれません」と言ったんだそうです。

天気予報も同じなんですよね。今日のデータを見て「明日は午前中雨が降って、午後にはやむ」と予報したとしても、翌朝になって状況が変わっていれば、昨日の予報はすべて忘れて「今日は晴れです」と言うのが当たり前のことです。その日、その時間の状況を見て判断をしていかなければいけません。

つまり、昨日の時点で「正しい」とされていたことが今日には覆っているというのはよくあることです。その時に、過去の経験にこだわっていては、前に進めません。言葉で言うほど簡単なことではありませんが、今日のことは忘れ、一日一日を「あしたはあした」と新たな気持ちで送ることが大切だと自分自身にも言い聞かせています。

~EPISODE:追憶の旅路~

人生でもう一度訪れたい場所はありますか?
インドに行ってみたいです。理由は、世界一のバナナ生産国だから。僕は40年ほど前に沖縄県・石垣島で「島バナナ」に出合い、あまりの美味しさに感激して、2019年には「島バナナ研究会」を立ち上げたほどハマっています。インドはバナナの品種も豊富ですが、ほとんどが国内消費で、日本では手に入らないので、現地で食べ比べをしてみたいですね。

島バナナ

「島バナナ」に明確な定義はなく、沖縄県で栽培されたバナナの総称として用いられることもあるが、森田さんが魅了された「島バナナ」はフィリピン品種の「ラトゥダン」。約130年前に小笠原諸島に伝わり、沖縄県にも広まったと言われている。濃厚な甘みと、ほどよい酸味が特徴。「島バナナ」は病害虫に弱く、台風の被害も受けやすいため、大規模に生産する農家がなく、流通量が少ない。
※写真はイメージです。

プロフィール

お天気キャスター・森田正光さん

【誕生日】1950年4月3日
【経歴】愛知県出身。財団法人日本気象協会を経て、1992年独立。フリーランスのお天気キャスターとなる。同年、民間の気象会社・株式会社ウェザーマップを設立。親しみやすいキャラクターと個性的な気象解説で人気を集め、テレビやラジオ出演のほか全国で講演活動も行っている。
【趣味】読書/映画鑑賞/ゲーム全般/将棋/囲碁
【そのほか】2005年財団法人日本生態系協会理事に就任。2010年からは環境省が結成した生物多様性に関する広報組織「地球いきもの応援団」のメンバーとしても活動している。

Information

森田さんが監修した『ワイド版 散歩が楽しくなる空の手帳』(東京書籍)
雲や大気光学現象にはどんなものがあるのか、その「名前」や「仕組み」はどうなっているのかなど、誰かに話したくなる「雑学ネタ」が満載。四季折々の季語や俳句、空や雲の美しい写真も掲載されている。「散歩や通勤時に空を見上げ、『どんな雲か出ているのか』『空では何が起きているのか』など気になることがあったらこの手帳を開いてみてください」と森田さん。
(取材・文/泉 彩子  写真/刑部 友康)