「僕は“スピリチュアル大好き人間”」柳家花緑さん【インタビュー後編】~日々摘花 第23回~

コラム
「僕は“スピリチュアル大好き人間”」柳家花緑さん【インタビュー後編】~日々摘花 第23回~
「日々摘花(ひびてきか)」は、様々な分野の第一線で活躍する方々に、大切な人との別れやその後の日々について、自らの体験に基づいたヒントをいただく特別インタビュー企画です。

本編は、第23回のゲスト、落語家 柳家花緑さんの後編です。
五代目柳家小さんの孫として生まれ、戦後最年少の22歳で真打ちに昇進。「落語界のプリンス」として注目を浴びた裏側で、20代は悩み続けたという花緑さん。後編は当時の葛藤と「小さんの孫」であることへの思い、そして、さまざまな経験を経て培われた死生観についてうかがいました。

「小さんの孫」と呼ばれて

ーー落語界で初めて人間国宝となるほど世の中から認められたおじい様を持ち、「柳家小さんの孫」と呼ばれることに悩んだ時期もあったそうですね。

花緑さん:僕が「小さんの孫」であることは動かしようのない事実。それが僕の定めだと今は受け止めています。でも、若いころは違いました。正式に落語家になって数年経った18歳くらいからでしょうか。自分は落語が下手だと思っていましたから、「小さんの孫」として周囲に期待されることを重荷に感じ、悶々としました。

とくに22歳で真打ちに昇進した前後はどん底でした。真打ちになる1年前に「戦後最年少の昇進」としてマスコミに発表されましてね。注目されてとてつもないプレッシャーを感じ、こんな自分が真打ちになっていいのかと悩みました。かと言って昇進を断るほどの勇気もなく、中途半端な状態のまま真打ちになり、自己嫌悪に陥るという負のスパイラル。自殺願望まで生まれました。

「物事がうまくいかないから死のう」なんて「何を言ってるんだ」と昔の自分を叱りつけたいところですが、当時は本当にどうしたらいいのかわからなかったんです。精神的に追い込まれ、出刃包丁を自分の喉元につけたこともありました。でも、その瞬間に心に浮かんだのは、師匠が泣く顔でした。こんな親不孝なことは決してできない、と思い止まりました。

25歳くらいまでは悩みに悩み、それでも自分にできることは落語しかないという感じでしたね。ただ、つらいながらも高座に上るうち、自殺願望はなくなっていきました。この時期に多くの本を読み、読書が好きになったことが大きかったと思います。

40歳を過ぎてわかったことですが、僕はディスレクシア(識字障害)で、子どものころから本を読むことが苦手でした。だけど、当時は何とかして心のバランスを取ろうとしたんでしょうね。自分はなぜ生きるのか、どう生きていくのか。その答えがほしくて、文字と格闘しながら精神世界系の本を読みあさり、哲学的なことを学ぼうとしました。その結果、自分を俯瞰的に眺められるようになり、自分を追い詰めるようなことをしなくなったんです。

20代後半から演劇の舞台に出演させていただくようになったこともありがたかったです。外の世界を経験したことによって、落語家としてどうすれば噺の本質をお客さんに伝えられるかをそれまでよりも多角的な視点で考えるようになり、より地に足をつけて落語と向き合えるようになったからです。

そのうちにふと暗闇から抜け出た感じがありましてね。30歳を迎えるころからいくつか賞をいただいたり、CDや本を出すなど新たな挑戦の機会にも恵まれ、ありがたいことに忙しく過ごすようになりました。師匠のすごさを感じつつも「自分は自分」と考えるようになったのはそのころから。師匠が旅立つ少し前でした。

師匠が登った山の頂に半歩でも近づきたい

ーーおじい様が亡くなって20年。生前のおじい様の姿やお言葉を、時を経たからからこそ理解できたとお感じになるようなことはありますか。

花緑さん:師匠は僕の年齢のころには落語協会の会長を務め、後には人間国宝にまでなった人。精神的にも大人で、師匠と長年の付き合いがあった映画監督の山田洋次さんは生前の師匠の姿を「まるでいいお坊さんを見るようでした」とおっしゃってくださいました。五代目柳家小さんはあまりにも大きな存在ですから、師匠の思いを僕が想像することはできても、理解するまでにはとてもおよびません。

ただ、最近になって「自分なりに意味がわかったかもしれない」と感じる師匠の教えがあります。「弟子を取りなさい。教えることは学ぶことだから」とうちの師匠に言われ、僕は28歳の時に初めて弟子を取りました。以来ひとり、ふたりと育て、辞めたり辞めてもらった弟子もいましたが、20数年経った今、僕のところには10人の弟子がいます。

その過程で確信したのは、「弟子は師匠なり」ということです。弟子を取りはじめた当初は自分が師匠として「何を言うか」に意識が向いていましたが、どんなに立派なことを言っても、僕自身が実践しなければ誰もついてきてくれません。「何を言うか」よりも「どうあるか」が大事であり、弟子を育てるということは、見られてもいい自分であるために僕自身が学び続けることだと思い至りました。

同時に、師匠の「弟子を取りなさい。教えることは学ぶことだから」という言葉は、弟子を育てることの大事さを伝えただけではないと気づきました。師匠は40人の弟子を育てることによって、40人の「師匠」に研磨され、落語家として初めての人間国宝にまでなった。それは師匠が「どうあるか」ということに究極まで向き合ったということを意味するのではないか。そう考えたら、生前の師匠の姿が腑に落ちたんですよ。

つまり、うちの師匠は実践者であり続けた人だと思うんですね。その時の自分ができる最大限のことを一生懸命やろうとし、脳梗塞を患ってからも、師匠が手を抜いた高座は一度も見たことがありません。老いていく自分をさらけ出して真摯に落語に向き合い、生涯現役を貫いた。その姿を見せられたからには、遠回りをしながらも、師匠が登った山の頂に半歩でも近づくよう精進し続けることが僕の定めだと思っています。

三途の川には、師匠みたいな仏様が…… !?

ーー花緑さんは「死」というものをどのように捉えていますか。

花緑さん:待ってました(笑)。僕は「スピリチュアル大好き人間」でしてね。先ほどお話ししたように精神世界系の本もよく読みますし、霊や宇宙、オカルトなどの話も好きです。眉唾ものの話も存在しますから、好きだからこそ冷静な目で見るよう意識していますが、世の中には白黒の判断がつかない「グレー」なこともあります。そういう物事を「黒」として切り捨てるのではなく、心のグレーゾーンにそっと置いておくというのが僕のものの考え方です。

若いころに「人はなぜ生きるのか」と悩み、今も自分に問い続けながら、「生」と「死」は切り離せないとつくづく思います。なぜ生きるのか、生きるとは何かというテーマに向き合うと、「あの世」について考えることにつながっていくんですよね。「死」や「あの世」については哲学や科学、宗教などさまざまな側面から語られていて諸説あり、信じるか、信じないかは人それぞれ。「“あの世”なんてない」と考える人ももちろんいらっしゃるでしょう。

ただ、僕が好きな死生観というか「“あの世”説」がいくつかありましてね。そのひとつに、「人間の魂は “あの世”からやってきた旅行者」という説があります。この説によると、「あの世」というのは何でもできてしまう世界。リンゴが食べたいと思ったら、その途端に目の前に現れ、皮をむきたいと思えば、むいたリンゴがお皿にのって出てくる。家でも車でも自分が望むものは何でも手に入る。「この世」にあって「あの世」にないものは「困難」だけで、「あの世」はすべてが満ち足りた状態なんだそうです。

ところが、その状態に長くいると魂はちょっと退屈になって、「あの世」ではお目にかかれない「困難」を求めて「この世」にやってくる。悩んだり、迷ったり、苦しむことを経験するためにわざわざ「この世」にいるのが僕たちだ、という説です。つまり、人生の悩みも迷いも苦しみも、この説では「アミューズメント」なわけです。真偽はともかく、そう考えると少し気楽になりませんか? だから、僕はこの説が好きなんです。

僕が心の師としている旅行作家の小林正観さん(故人)という方がいて、本業のかたわら心理学や人間の潜在能力の研究を続けた人なのですが、正観さんから僕が最も影響を受けたのはものの見方。物事は「何が起きたか」ではなく「自分がどう捉えるか」が大事だと正観さんはおっしゃっていて、「死」の捉え方も同じだと僕は思います。悲しいと捉えるか、新しい旅立ちだと捉えるか、始まりなのか、終わりなのか。選択は人それぞれですが、僕はなるべく楽しい方を採用することにしています。

だから、ちょっと楽しみなんですよ、「あの世」に旅立つのが。肉体から魂が抜けて「あ、キタキタ」、三途の川でうちの師匠みたいな風貌の仏様が出てきて「あ、やっぱり出てくるんですね」なんて(笑)。早く死にたいとは決して思いませんが、その時が来たら何が起きるんだろうと考えると、好奇心ばかりがむくむくと湧いてきます。

ーー何だか私も楽しみになってきました。最後に読者に向けて言葉のプレゼントをお願いします。

花緑さん
:僕は言葉が好きですし、書くのも好きなのですが、ディスレクシアの症状で読み間違いが多かったり、普段なら読める字が疲れていたりすると急に読めなくなることがあります。仕事柄色紙を頼まれることも多く、以前は困ることもあったのですが、今は秘密兵器がありましてね(笑)。読めなくても絵のように認識して書くことはできるので、書きたい言葉をタブレットに入力して持ち歩いています。

好きな言葉に出合うたびに入力するので、何百個もの言葉をストックしているのですが、今日は僕の「人生の目標」を皆さんに共有させていただこうと思います。小林正観さんのたくさんの名言のひとつに「人間が生きる目的は“ 喜ばれる存在になること”」という言葉があり、この言葉に出合った時、自分がそうありたいと思いました。「喜ばれる存在になること そして 喜ばれる存在で有り続けること」。これが僕の人生の目標です。

~EPISODE:癒しの隣に~

沈んだ気持ちを救ってくれた本・映画・音楽などがあれば教えてください。
落ち込んだ時に限らず、音楽はよく聴きます。車を運転しながら聴いたりもしますよ。仕事に向かう時は「Vaundy(バウンディ)」などのポップな曲で気分を上げ、帰りは原田知世さんやアン・サリーさんの曲をかけることが多いですね。心地よいボーカルに癒されます。面白いことに、選ぶ曲で自分の精神状態がよくわかるんです。心に沁み込むような曲を朝からかけちゃうような日は、「俺、疲れているな」と思ったりします(笑)。

アン・サリー最新アルバム

花緑さんが好きなシンガー・ソング・ライターのひとりアン・サリーの最新アルバム『はじまりのとき』(2022年2月リリース)。デビュー以来20年で出会った音楽家たちを集結し、あらゆる思いを注ぎ込んだ記念碑的作品。優しく穏やかな歌声が日常の疲れを癒してくれる。

プロフィール

落語家/柳家花緑さん

【誕生日】1971年8月2日
【経歴】東京都出身。87年、祖父で人間国宝の五代目柳家小さんに入門。94年、戦後最年少の22歳で真打ちに昇進し、初代柳家花緑となる。古典・新作落語のほか洋装&椅子を用いた“同時代落語”にも取り組む。舞台、テレビなどでナビゲーターや俳優としても活躍している。
(取材・文/泉 彩子  写真/鈴木 慶子)