「息子へ受け継がれた、亡き夫の思い」  リポーター・ラジオパーソナリティー 東海林のり子さん 【インタビュー後編】~日々摘花 第7回~

コラム
「息子へ受け継がれた、亡き夫の思い」  リポーター・ラジオパーソナリティー 東海林のり子さん 【インタビュー後編】~日々摘花 第7回~
「日々摘花(ひびてきか)」は、様々な分野の第一線で活躍する方々に、大切な人との別れやその後の日々について、自らの体験に基づいたヒントをいただく特別インタビュー企画です。

本編は、第7回のゲスト、 リポーター/ラジオパーソナリティー・東海林のり子さんの後編です。
前編では、「死」を目の当たりにするような事件や災害の取材への思いや、数々の芸能人の葬儀を通してお感じになったことをうかがいました。後編では、忙しいお仕事をこなしながら築いてきたご家族との絆や大切なご主人との別れ、「終活」に対するお考えをお話しいただいています。

家庭がなかったら、事件リポーターは続けられなかった

ーー事件リポーターとしてご活躍された40代から50代は、ご長男、ご長女の子育てもお忙しい時期だったと思います。家庭と仕事の両立に悩まれたことは?

東海林さん: 頼りにしていたベビーシッターさんが急病で来られなくなり、子どもたちを見てくれる人を慌てて探すなど大変なこともありました。ただ、私の場合は、家庭があったからこそ仕事を続けられたと思っています。

ひとりだったら、気持ちを引きずってしまって、やっていけなかったかもしれないですね。実際、男性の事件リポーターは辞める人が多いんです。一方、私はどんなに強烈な事件を取材しても、家に帰れば、家事もあるし、子どもたちが「ママ、明日、絵の具を持って行かなきゃいけないんだけど」と言ってくる。ドアひとつで気分を切り替えられたから、すごく良かったんです。

ーー現在のようには女性の活躍が進んでいない時代でしたが、ご主人は協力的でしたか?

東海林さん:子どもがまだ小さいころに一度だけ、「ずっと仕事を続けていくつもりなのか?」というようなことを聞かれたことがあります。その時にすごく自分でも考えて、しばらくして「続けます」と夫に伝えたら、「わかった。じゃあ協力するから、日本一のリポーターになれ」と言ってくれたんです。私が家を開ける時には子どものお弁当を作ってくれたりもしました。ただね、そうなると、おちおち「疲れた」なんて言えなくなるんですよ(笑)。

ご先祖様への夫の思いが、息子に受け継がれている

ーーご主人とは大学時代に出会ったそうですね。

東海林さん: ESSサークルの後輩で、3歳年下でした。当時は年下の男性と結婚する人があまりいなかったから、友人たちに驚かれました。実は、私にとって夫は恋愛対象ではなく、結婚を申し込まれた時は片思いの相手がいて、返事を迷ったんですよ。でも、夫と結婚してよかった、と思っています。

夫は40代で糖尿病になり、その後ずっと病気がちでした。一番の原因はお酒です。企業の営業職だったから、飲む機会が多くて、若いうちに飲み過ぎてしまったんだと思います。病院の先生の勧めで50代からパタリと禁酒しましたが、長年にわたって肝臓を酷使すると、ダメージがずっと残るのね。定年後は病院と縁が切れず、病院嫌いの私もよく付き添いました。おかげで、一昨年に夫が亡くなった時に「もっとこうしてあげればよかった」という思いは持たずに済んだのですが、落ち込んでずいぶん痩せ、筋力も落ちてしまいました。

そんな私を見たある友人からの言葉に救われました。「生まれた時に誕生日があるように、亡くなった日は、天国での誕生日なんですよ。考えてごらんなさい。誕生日はみんなで祝うでしょう。ご主人にはここから天国での素敵な人生が始まるかもしれないんだから、悲しがらないで」と言ってくれたんです。「ああ、そういう考え方もあるな」と気持ちが明るくなりましたね。今は筋力も回復して、一時期使っていた杖もしまい込んでいます。

ーーお子さんたちはお近くにお住まいなんですか?

東海林さん:息子家族が同じマンションの別の部屋で暮らしていて、嫁いだ娘も近所に住んでいます。そう言えば、夫の葬儀で息子が「これからは僕が母を守っていきます」とあいさつをしてくれました。それは、何だかうれしかったです。

夫はお墓まいりをすごく大事にしていた人で、その姿を長男は見ていたんでしょうね。夫が亡くなってからは、息子が「そろそろお彼岸だから、お墓まいりに行こう」と声をかけてくれるんですよ。孫もね、遊びに来ると必ず仏壇にお線香をあげて、手を合わせるんです。何を祈ってくれているのか、長いのよ(笑)。お墓まいりでも、「ばあばはそこにいて。転ぶといけないから」と私を気遣いながら、お墓掃除をしてくれるの。ご先祖様への夫の思いが息子にちゃんと受け継がれていて、孫にも伝わっている。そのことを、とてもありがたく感じています。「私がお墓に入った後も、こんな感じで見守ってくれるんだろうな」って思えるから。

「終活」=家族が幸せに生きられるよう環境を整えておくこと

ーー最近、「終活」という言葉をよく聞きますが、「終活」についてはどのようなお考えをお持ちですか?

東海林さん: 私がいなくなった後も息子や娘、お嫁さんが幸せに生きられるようできる限り環境を整えておくことが「終活」で、それは親としてやるべきことだと思っています。ただ、「断捨離」とかはしません。人それぞれ感じ方はあると思いますが、「そろそろ私も身の回りの整理をしなきゃ」と終うことばかりを考えるのは、マイナスに向かっている感じがして、性に合わないんです(笑)。

やってよかったのは、息子夫婦と娘を呼んで、お金のことをつまびらかにしたこと。きっかけを作ってくれたのは、息子のお嫁さんでした。息子のお嫁さんは中国人で、介護ビジネスについてイチから勉強して中国で講演活動をしているような活力のある人なんです。でも、母国を離れて暮らすのは不安なもの。孫もまだ小さいし、少なからず将来に不安を感じているようなので、「大丈夫よ。ばあばの貯金もあるし」とやんわり伝えてはいたのですが、心配だったんでしょうね。きちんと教えておいてほしいと言われて、相続についてどんな準備をしているかを3人に全部話したの。「お母さん、安心しました」ってお嫁さん、言っていました。

ーーなんと! 相続について気になってはいても、なかなか義理の親には言えないですし、実の親でも切り出しにくいという人は多いです。東海林さんとお嫁さんの関係性ができているからこそ、ですね。

東海林さん:日本人は相続についての話を避けがちですが、やはり親が元気なうちに、お金のことはクリアにしておいた方が、みんなが安心できるなって感じましたね。我が家の場合はたまたま文化の違う国で育ったお嫁さんで、はっきり言ってくれて助かりましたが、日本人同士だとそうはいかないこともあるでしょうから、親の方から切り出してあげられると一番いいかもしれません。

保険証書の場所なんかも伝えておかないと、急にパタンと倒れた時に、残された人たちが困りますよね。私はすべて伝えて、スッキリ。あとは自分の人生を楽しむだけです。今は新型コロナウイルス感染症の影響でちょっと様子見だけど、講演活動もまだまだいろいろな場所に行きたいし、講談もやってみたい。やりたいことが多過ぎて、一生隠居はできないわね(笑)。

ーー最後に、読者の皆さんに向けて元気の出るお言葉をいただけますか?

東海林さん:私の座右の銘は「人生に絶体絶命はない」。自分で作った格言です。若い方たちにはこの格言を贈ることが多いんだけど、今回は「たまには自分をほめてあげましょう!!」にします。勤労感謝の日に、「Twitter」で「おはよう! 今日はいろいろな物や人や動物や最後は自分にいっぱい感謝する日です」と朝のあいさつをしたら、すごく反響があって、「自分に感謝しても良いと知り、なんだか気が楽になりました」というコメントをいただきました。自分のことはつい二の次になっちゃうから、たまにはほめてあげないとね。

~EPISODE:癒しの隣に~

沈んだ気持ちを救ってくれた本や音楽は?
テンポのいい音楽を聴きます。朝、何となく元気のない時は「アレクサ」に「エックスかけて」と言うの。すると、ちゃんと「X JAPAN」の曲をかけてくれるのよ。だけど、もっと元気になれるのはライブね。ロックバンドのライブはファンの熱気もすごくて、最高。翌日のお肌のツヤが違います。60代から「X JAPAN」や「LUNA SEA」などバンドの皆さんと出会って「ロッキンママ」と呼ばれたりもしていますが、ロック好きは昔から。エルヴィス・プレスリーが大好きで、音楽ライブ史上で初めて衛星生中継されたハワイのコンサートも生で見ました。

X 『X Singles』(Ki/oon Music)

「紅」「ENDLESS RAIN」など、X JAPANの、X時代にリリースされた曲が楽しめるアルバムです。1993年11月21日にリリースされて以来、現在までロングセラーになっています。

プロフィール

リポーター/ラジオパーソナリティー・東海林のり子さん

【誕生日】1934年5月26日
【経歴】埼玉県浦和市(現さいたま市)生まれ。立教大学卒業後、ニッポン放送入社。アナウンサーとして13年間勤務後、フリーに。フジテレビ『3時のあなた』で事件リポーターとしてデビュー。現在もテレビやラジオ、講演会などで精力的に活動している。
【趣味】ロックバンドのライブ通い。
【そのほか】『現場の東海林です。斉藤安弘アンコーです。』(KBS京都ラジオなど5局ネット)にレギュラー出演中。Twitterアカウント:@shoujinoriko

Information

近著『我がままに生きる。』(トランスワールドジャパン)では生い立ちや友人関係、夫との向き合い方といったプライベートなことまで半生を飾らずに語っている。「我がまま、というのは“自分勝手”ではなく、“自分らしく”、“自らの思いを大切に”という意味でタイトルにしました。あらためて自分の人生を振り返ると、本当にちゃらんぽらんだな、と苦笑するのですが、50代で確立した事件レポーターの仕事が人生の財産になりました。遅咲きでしょ(笑)。年齢に関係なく、人生を我がままに生きる。それこそが楽しく生きるコツだから、人生、いくつになってもあきらめなくていいってことが伝えたかったんです」と東海林さん。
(取材・文/泉 彩子  写真/鈴木 慶子)