「唯一確かな“今”を味わい尽くす」書道家 武田双雲さん【インタビュー後編】~日々摘花 第10回~

コラム
「唯一確かな“今”を味わい尽くす」書道家 武田双雲さん【インタビュー後編】~日々摘花 第10回~
「日々摘花(ひびてきか)」は、様々な分野の第一線で活躍する方々に、大切な人との別れやその後の日々について、自らの体験に基づいたヒントをいただく特別インタビュー企画です。

本編は、第10回のゲスト、武田双雲さんの後編です。
ご自身の書そのままのおおらかさが魅力的な武田さん。前編では書道家として独立して20年間大切にしてきた姿勢と、「死」への意識とのかかわりについてお話しいただきました。後編では、さらに深く武田さんの死生観に迫ります。

猿も人も、「ぽっかり感」は消せない

ーー武田さんは今を大切にし、その瞬間を味わうようにしているとうかがいました。大切な人との別れといった、つらい瞬間もそうなのでしょうか。

武田さん:そうですね。誰かが亡くなった時に、悲しいじゃないですか。ぽっかりと。その気持ちも味わうことにしています。悲しいことというのは、別に悪いことじゃないし、避けるようなことではない。だから、「泣かない」とか「悲しまない」と思わず、丁寧に味わうことにしています。悲しみを、悲しいなという気持ちを。

僕らは絶対に死と毎日向き合っていますし、死を悼む、悲しむということは、自然なことですよね。そう言えば、イギリス・BBCの動物ドキュメンタリー番組が撮影した興味深い映像を見たことがあるんですよ。ある実験で、野生の猿の集団の中に本物そっくりのロボットの猿を置いたんです。

すると、猿たちが次第に周りに集まってきて、ロボットの猿のしっぽに触れたりして遊びはじめたのですが、ふとしたはずみでロボットの猿が木から落ち、動きがピタリと止まってしまった。その瞬間、周りにいた猿たちの声がピタリと止み、次に皆で抱き合って「ウァ、ウァ」と嘆き悲しみはじめたんですよ。その映像を見た時に、人間に限らず地球上の生命体には、仲間を亡くした時の喪失感みたいなものを皆で共有できるようなプログラムが組み込まれているのかもしれないと思いました。

逆に言うと、消すことはできないということですよね。誰かと出会った時のうれしい、楽しいという気持ち、そして、誰かを亡くした時の悲しさ、虚しさ、ぽっかり感を。消すことはできないのだから、その瞬間を丁寧に味わうしか方法がないです。

プラナリアがわからなくする「死とは何か」

ーーご自身の最期について、何かイメージはお持ちですか?

武田さん: 月並みですが、苦しんで死にたくない、というくらいでしょうか。どうか、痛みだけは勘弁してくださいというような(笑)。理想的な姿は、妻のおじいちゃん。日本酒を飲み、歌いながら亡くなったらしいんですよ。安らかな顔で。すごくうらやましいな、と思います。あとは、わからないですね。

自分の最期よりは、どちらかというと、「死とは何だろう」と考える機会の方が多いかもしれないです。昔から人は「死なないために」といろいろなことを頑張ってきましたよね。死なないように、一生懸命働いて食い扶持を稼ぐとか、健康管理をするとか。でも、今は意外と死ねない。保護されちゃうんですよ。

「延命治療をどこまでやるのか」といったテーマも、悩ましい問題です。昨年春まで20年間開いていた書道教室の生徒さんが、家族の一員としてかわいがっていたペットのことで何度も悩んでいました。瀕死の状態なんだけど、獣医さんから「100万円で延命治療できます」と言われて、どうしようって。答えが出ないですよね。

延命治療をすることが幸せなのかということだけでなく、何をもって生とし、何をもって死とするのかわからない。前にプラナリアの研究所を訪れて以来、ますますわからなくなりました。

ーープラナリア、ですか。

武田さん:プラナリアというのは川や池などの淡水に住む生物で、体を切られても、残った細胞が失った細胞を記憶していて、再生できるんです。例えば、10個に切っても1週間ほどで再生し、10匹のプラナリアになります。ただ、何度切っても再生できるというわけではなく、ある数以上の断片になると、一気に死んでしまうんです。

ーーどこからが個体の生で、どこからが死なのか、本当にわからなくなりますね。

武田さんそうでしょう? プラナリアは生物物理学で注目されていて、再生のメカニズムが明かされたら、もしかして、いずれは人間にも応用されるかもしれない。すごい時代がやってきますよね。僕らは死をもって受け継がれてきた歴史があるのに、「延長」の繰り返しで死ねなくなっちゃう。細胞を自由に再生できるような時代になったら、生死どころか、他人と自分の区別もよくわからなくなります。

そう考えると、確かなのは「今」だけ。今、生きている感覚を味わうしかないです。だから、僕は人との一期一会はもちろん、日常のすべて、おしっこまですごく味わうんです。「お茶を飲んでも、コーヒーを飲んでも、同じ色で出てくるんだな。この処理システム、すごい!」って(笑)。

今を味わえば時間の感覚は消え、「心」は「亡」くならない

ーー日常のすべてを味わう、というのはなかなか忙しそうですね。

武田さん: 逆なんですよ。忙しいという字は「心」を「亡くす」と書きます。たくさんのタスクがあるから忙しいのではなくて、心を亡くしているから忙しい。その証拠に、F1レーサーはたくさんの判断をしながら300キロの速さで走っていても、「忙しい」とは言いませんよね。F1レーサーが「ああ、忙しい」と慌てていたら、事故が起きてしまいます。今を味わえば、時間の感覚は消えるはずなんです。

ふと気づいたのですが、忙しいという字は「心」を「亡くす」ですから、その反対は「心」を「生かす」、「性」という字ですね。性別の「せい」であり、「さが」、人が生まれながらに持っているもの。心が生きるから、「性」−−−−。すごい字ですね。

ーーそうですね。ぜひ武田さんの書で「性」という字を見てみたいです。最後に、読者の皆さんにお言葉をいただけますか?

武田さん:今を味わう、一期一会という話を今日はしましたが、大切に味わいたいのは、他者との関係や物事だけではありません。自分自身も丁寧に味わってほしいんです。「ご自愛ください」という言葉がありますよね。ぜひ「ご自愛」を丁寧にしていただけたらと思います。

心がけるだけでなく、自分を丁寧に触るようにするのもおすすめですよ。僕もたまに自分をぎゅっと抱きしめて、「よし、よし」と声をかけたりしています。

日本には謙遜を美徳とする文化があって、自分のことは「つまらないもの」として後回しにしがちです。でも、自分を丁寧に扱い、大切にした方が、他者に譲る心が生まれたりするもの。だから、どうぞご自愛ください。

~EPISODE:さいごの晩餐~

「最後の食事」には何を食べたいですか?
うーん、今食べたいものしか思い浮かばないんですよね(笑)。今食べたいのは、回転寿司のメニューによくある「ツナマヨ」の軍艦巻き。「オニオン武田」と呼ばれるほど玉ねぎ好きなので、玉ねぎ入りの「ツナマヨ」なら、最高です。
「ツナマヨ」の玉ねぎの辛みを抜く方法
シャキシャキの歯ざわりがアクセントとなり、「ツナマヨ」と相性の良い玉ねぎ。辛みが気になる場合、水にさらす方法もあるが、栄養を逃さないようにするには塩もみがおすすめ。みじん切りまたは薄切りにした玉ねぎに塩をまぶして数分置いた後、軽く揉み、ざるにあげて、手でしっかり絞る。塩気が気になる場合は、さっと水で洗うとよい。

プロフィール

書道家・武田双雲さん

【誕生日】1975年6月9日
【経歴】熊本県生まれ。東京理科大学理工学部卒業後、3年間のNTT勤務を経て書道家として独立。NHK大河ドラマ「天地人」、世界遺産「平泉」など数多くの題字、ロゴを手がける。近年は現代アーティストとして作品を発表し、2019年アートチューリッヒ出展。著書は『ポジティブの教科書』など50冊を超える。講演会やイベント、セミナーなどへの出演も多数。
【そのほか】身体に優しいオーガニック食材や発酵食品を使ったお味噌汁専門店「MISOJYU」の店舗プロデュースも手がけている。

Information

武田双雲さん公式ホームページ
https://souun.net/
(取材・文/泉 彩子  写真/刑部 友康)