陰膳は大切な人を想う食膳。供えるときのマナーを紹介

ご家族の通夜・葬式準備
陰膳は大切な人を想う食膳。供えるときのマナーを紹介
陰膳(かげぜん)は、その場にいない人に用意する小さな食事のセットで、古くからおこなわれてきた仏教の風習です。離れたところに暮らす家族の安全や、故人が無事にあの世へ行けるよう祈願するのが目的です。本記事では、陰膳で必要となる食器や料理、マナーなどの基礎知識を紹介します。大切な人を想い、祈りを捧げる際の参考にしてください。

陰膳とは何か、2つの種類を知る

陰膳は仏教に関係する風習の1つで、読み方は「かげぜん」です。大切な人を想って用意するものですが、大きく2つの意味を持ちます。最初に、陰膳が持つ意味について詳しく解説します。

1.離れて暮らす家族の安全を祈願する陰膳

電話やインターネットなどのない昔は、離れた場所にいる人と連絡を取り合うのは、とても難しいものでした。そのため、大切な人が遠くにいるときに飢えを感じたり、不運な事態に遭ったりしないよう、無事を願って食膳を準備する、という意味が陰膳に込められていたそうです。
また、戦争中は、戦いの場に赴いた家族の安全を願って、陰膳を準備しました。

2.故人が極楽へ行けるように祈る陰膳

陰膳は、お通夜や葬儀の日に用意してあの世へ旅立った故人の無事を願う、という意味もあります。浄土真宗を除く宗派において、故人は旅の末にあの世に行き着くと考えられてきました。残された家族は「故人が何事もなくあの世へ到着するように」と祈りを込めて、道中、食に困ることのないように陰膳を支度します。
また一周忌の法要後などの会食で、故人のために陰膳を準備することもあります。会食の席が食事処だった場合、故人用のメニューを特別に注文することが多いようです。
現代は遠い場所の人とも簡単に連絡を取り合えるため、この故人用の食事という意味合いが強くなっていると考えられます。

陰膳で使う仏具と並べ方

陰膳には、専用の仏具を準備します。基本は5つの食器と台、箸が必要です。ここでは、仏具の名前や配置方法、特徴について紹介します。

仏具の名称と配置場所

陰膳のために準備する食器は、仏膳椀(ぶつぜんわん)と呼ばれます。仏さまへのお供えに用いる茶湯器(ちゃとうき)や、仏飯器(ぶっぱんき)と区別し、陰膳用の食器を準備するのが一般的です。各食器に名前と配置方法が定められているため、下記を参考にしてください。
  • 親碗(おやわん):ご飯用の食器。膳の前・左に置く
  • 汁椀(しるわん):汁物用の食器。膳の前・右に置く
  • 高坏(たかつき):漬物用の食器。膳の中央に置く
  • 平椀(ひらわん):煮物・和え物用の食器。膳の奥・左に置く
  • 壷椀(つぼわん):煮豆・和え物用の食器。膳の奥・右に置く

陰膳で使う仏具の特徴

仏膳椀の材質は多種多様です。軽くてお手入れが簡単なプラスチックは、価格が安いこともあり、仏膳腕に用いられる材質の主流とされています。ほかには、手に持ったときに温かみを感じられる木や、高級な印象を与える漆もよく使われます。
漆は、乾燥と高い温度への耐性が低いため、熱々の料理は入れないでください。洗うときはゴシゴシとこすらず、優しく扱います。また、仏前椀とそれを載せる仏膳をひと揃えしたいときは、セット販売を利用するのがおすすめです。

陰膳のために用意する料理とは

仏教の教えに倣った料理が良いとされる、陰膳。ここでは、陰膳に適した料理や、避けた方が良い食材について詳しく紹介します。

基本的には精進料理を用意する

仏教に伝わる習慣に沿い、陰膳は一汁三菜で構成します。精進料理が基本ですが、定められた品書きは特にありません。煮物やお吸い物、漬物など、日本人になじみのある料理を準備します。
食材に仏教上の決まりはありますが、あまり気にしないご家庭では、家族と同じ献立てにすることも多いようです。

そもそも精進料理とは

中国で仏教の勉強をした禅宗の僧侶が、現地で習った食事を日本に伝えたのが精進料理と言い伝えられています。仏教の教えに沿って、殺生や煩悩を呼び起こすことを回避したメニューが主です。
また、豪華な食事ではなく質素なものを中心とすることで、徳を磨き、人格を高めるという意味もあります。

陰膳に避けた方が良い食材もある

厳密な決まりはないものの、陰膳で避けた方が良い食材もあります。例えば、生き物に優劣はないという教えから、仏教では食事においても殺生を避けるため、動物を使った食材は使用しません。
また、ニンニクやニラなどのニオイがきつい食材は五葷(ごくん)と呼ばれます。五葷は煩悩を呼び起こし、修行に支障をきたすと考えられています。そのため、陰膳にも避けた方が良いとされます。こうしたことも考慮に入れ、大切な人に向けた品書きを考えてはいかがでしょうか。

故人へ陰膳を供えるときのマナー

滞りなく陰膳を整えるために、知っておくと良いマナーがいくつかあります。ここでは、陰膳の決まりや料理の処理方法について紹介します。

陰膳の配置場所には決まりがある

故人のために用意する陰膳は、仏壇や位牌など、故人を象徴するものに向けて置くのが基本。生前に故人が使用したお盆や、専用の台(膳引き)に食器を並べます。箸は、故人の位置から見たときに手前になるように置いてください。
なお、陰膳と向かい合って食事をとる場合は、「自分の位置から見ると逆になる」と覚えると良いです。その他、会食をする会場では、部屋の中央かつ上座に壇を用意し、遺影や位牌を飾ります。その上で、陰膳を配置するのが一般的です。

陰膳で使った料理は家族が食べる

飾り終えた陰膳は、お下がりとして家族が食べます。ただし、会食後に追加の飲食が大変な場合は、ひとくちほど手をつけます。
陰膳は、故人のお下がりを食べることが供養につながるため、少しでも口をつけるのがマナーとされています。衛生面などが保証できれば、次の食事で食べたり、持ち帰りにしたりするのでも構いません。

陰膳(霊供膳)とお供えの違い

ここまで読んで「陰膳」と「お供え」って何が違うの?と思った人もいるのではないでしょうか。

陰膳は故人に向けて用意する食事のことです。故人が仏様になるまでの49日の間、無事に旅を終え極楽浄土にたどりつけるように、と願いを込めて作ります。仏様になるまでの霊の段階でのお膳のため、霊供膳(れいぐぜん)とも呼ばれます。陰膳は亡くなった故人のためのものです。

一方、お供えは仏様に向けて用意するもので、食べ物に限りません。お供えは、仏様を崇拝し、捧げるものを示します。具体的には、お線香、蝋燭、果物などをお供えします。

陰膳の宗派による違い

仏教の教えは、宗派によって異なります。陰膳においては、浄土真宗はしないというのが大きな特徴です。その理由は次の通りです。

多くの仏教宗派での考え方

「故人は49日間の旅路の末、あの世に行き着く」というのが、多くの仏教宗派における考え方です。故人に向けた陰膳は、無事にあの世へ行き着けるよう、祈りを込めたもの。そのため、いつまで陰膳を飾るかは、49日間の旅路を目安にします。厳密にこの教えを守りたい場合は、四十九日まで陰膳を飾り、故人が無事にあの世へ着いたことを想像しながら片付けるのが基本です。
また、離れた場所で生活する家族のために準備する陰膳は、決められた期間がありません。相手が離れた場所にいる間は、安全を願いつつ陰膳を用意すると良いのではないでしょうか。

浄土真宗での考え方

浄土真宗には、「即得往生(そくとくおうじょう)」と呼ばれる教えがあります。故人は、亡くなるとすぐに極楽浄土に行けるという考え方です。ですから、「無事にあの世へ到着しますように」と祈る必要はありません。
また、仏になった故人は、この世の人と同様の食事は口にしない、という言い伝えもあるそうです。そのため、浄土真宗では陰膳を準備しません。

陰膳で大切な人の幸せを祈願しよう

生死にかかわらず、遠く離れた人を想って無事を祈願する陰膳は、人と人とのつながりを感じる慣習です。離れて暮らす家族のために陰膳をおこなうことは少なくなりましたが、法事などでは故人のために陰膳を準備することがよくあります。陰膳に想いを込めて、大切な人の幸せを祈る時間を作ってはいかがでしょうか。

この記事の監修者

瀬戸隆史 1級葬祭ディレクター(厚生労働省認定・葬祭ディレクター技能審査制度)
家族葬のファミーユをはじめとするきずなホールディングスグループで、新入社員にお葬式のマナー、業界知識などをレクチャーする葬祭基礎研修などを担当。