「“六星占術”の継承者として」細木かおりさん【インタビュー後編】~日々摘花 第41回~

コラム
「“六星占術”の継承者として」細木かおりさん【インタビュー後編】~日々摘花 第41回~
2021年11月に83歳で他界された細木数子さんの継承者として、個人鑑定や講演会などの活動を精力的に行う細木かおりさん。YouTube「細木かおりチャンネル」では「六星占術」についてや細木家秘伝のレシピ、お悩み相談など多彩な情報を発信し、登録者数は8万人を超えます。後編では、母・数子さんと過ごした最後の日々と別れ、「六星占術」の継承者としての思いをお話しいただきました。

母が切望した、孫やひ孫、愛犬に囲まれた「普通の日々」

−−晩年のお母様はどのような日々をお過ごしでしたか。

細木さん:母はずっとスケジュールに追われて生きてきた人でしたから、管理される生活から開放されたかったんでしょうね。前々から「80歳になったら表立った活動から身を引いて、のんびりと過ごしたい」と口にしていて、その言葉通りの毎日を送っていました。私たち家族と一緒の家に暮らして、好きな時間に起きて好きな時間に眠り、原稿を書いたり、ひ孫と歌を歌ったり……。子どもが好きな人でしたから、ひ孫と一緒にいる時は目尻が下がりっぱなしでしたね。

キッチンは私たちとは別で、料理もほぼ毎日、自分で作っていたんですよ。贅沢なイメージがあるかもしれませんが、煮物やお味噌汁といった家庭料理が好きで、家事もまめにやっていました。戦中・戦後を生きた人ですからモノを粗末にせず、部屋着がほころべば、直して着ていましたし、ティッシュを続けて2枚取り出したりすると、たしなめられることもありました。

引退後は知らない人から「細木数子だ!」と指差されるようなことも減り、ホッとしていたのではないでしょうか。孫やひ孫、愛犬に囲まれて「普通の日々」を過ごすことができ、とても幸せだったのではと思います。

親子4世代が揃った、奇跡のような看取り

−−お母様は亡くなる直前までお元気だったそうですね。

細木さん:大きな病気もせず、食欲も旺盛だったのですが、亡くなる前日の夜に発熱があり、「風邪かな」と思っていたら、容態が急変。かかりつけのドクターに抗生剤を投与していただきましたが、熱が下がらず、翌朝に自宅のベッドで息を引き取りました。

私は実の両親との別れもすでに経験していましたから、母との別れも何となく覚悟はしていたはずなのですが、なかなか受け入れることができませんでした。そんななか、一緒に母を看取ってくださったドクターが「今の時代、自宅で家族に見守られながら旅立てる人は本当に少ないですよ」と言ってくださって、救われる思いがしました。

母は常々「自宅のいつもの布団の上で、家族に見守られながら逝きたい」と言っていました。母の望みは昔なら「普通のこと」かもしれないけれど、今はその「普通」がとても難しいですよね。おまけにうちは親子4代の大家族で、全員が揃うことは滅多にないのにもかかわらず、その日は誰ひとり欠けることなく家にいて、家族みんなで母を看取ることができました。奇跡ですよ。

母の人生は波乱万丈だったけれど、最後の最後は望み通りに生き、家族に囲まれて安らかに旅立ちました。別れの寂しさは消えませんが、晩年の母の穏やかで優しい表情が心の救いです。
−−三回忌を迎えた今、お母様の存在をどのように感じていらっしゃいますか。

細木さん:母はもうこの世にはいませんが、より強くその存在を感じるようになりました。生前の母は、どんなに世間に名を知られようと、私にとっては普通の母であり、“ばあば”だったんです。でも、母が亡くなり、「細木数子」の継承者となった今、素直に「すごい人だったな」と思います。

母が「六星占術」を始めたのは、「お金儲け」のためではありません。占術家となるまでの母は17歳で喫茶店を開き、私が生まれたころには銀座のクラブのママとして事業に成功していました。でも、母の人生は常に順風満帆だったわけではなく、人にだまされて借金を抱え、返済に苦しんだ時期もあります。

誰もが裸で生まれてくるのに、人それぞれ、さまざまな人生があるのはなぜなのだろう。運気の流れを知れば、トラブルを回避したり、チャンスを生かすことができるかもしれない。そんな思いから中国古来の万象学や算命学、易学などの資料をひもとき、誰もが応用しやすいよう独自に整理したのが「六星占術」でした。テレビに出演するようになったのも、「六星占術」を世に広めれば、誰かの幸せに貢献できるかもしれないと考えたからです。

昭和の時代に女性ひとりで身を立て、自ら生み出したものを世に広めるというのも、そうそうできることではありませんが、私が母を「すごい」と思うのは、苦労を周囲に見せなかったことです。重責を担い、ひとりで思い悩む日もたくさんあったでしょう。その姿を私たちに悟らせなかった母は、すごく豪快で、大きな人。母を亡くした今だからこそ、はっきりとそう感じます。

「細木数子になる必要はないんだよ」

−−お母様が一生をかけて築いてこられた「六星占術」を継承されたかおりさんの覚悟と、プレッシャーも相当なものだったと思います。お母様は生前、「細木数子になる必要はないんだよ」とおっしゃったそうですね。

細木さん:はい。母と私は別の人間ですし、生きる時代も違います。「六星占術」の基本となる教えを、私は私らしく伝えていけばいい、と母は背中を押してくれました。今はかつてに比べて人と人の関係が薄まり、近所のおばさんがいたずらっ子を叱るというようなことも珍しくなってきた時代です。そもそも、いたずらっ子がほとんどいません(笑)。

叱られ慣れていない人が多い時代に「細木数子」のキャラクターで物事を発信しても、伝えるべきことが伝わらないでしょう。だから、私は自分が生きる時代に合った方法で、家族など身近な人たちやご先祖さまの大切さ、感謝の心の尊さを伝えていければと思っています。
−−最後に、読者に言葉のプレゼントをお願いします。

細木さん:「心豊かにして人栄う」という言葉を贈ります。私は「人はひとりでは生きられない」と母に言い聞かされて育ちました。人から学び、心を豊かにしてこそ誰かと助け合うことができ、ご縁も広がっていきます。コロナ禍でリモートでのコミュニケーションも浸透しましたが、やはり人と人が触れ合い、同じ場を共有して、くだらない雑談で笑い合うことによって生まれるものもあるはずです。利便性ばかりを追求するのではなく、目の前の人との関係をていねいに紡いでいくことが大事なのでは、と思っています。

~EPISODE:さいごの晩餐~

「最後の食事」には何を食べたいですか?
家庭料理です。家族と食卓を囲み、何でもないものを一緒に食べる。それが一番いいな、と思います。ひとつだけ挙げるとすれば、お味噌汁でしょうか。母はお味噌汁やカレーを大きな鍋でたくさん作り、私たちがおいしそうに食べるのを見て満足そうにしていました。あの味が恋しいです。

お味噌

鰹と昆布で取った出汁に3種類の味噌をブレンドして作るのが、細木家流のお味噌汁。かおりさんは「石野味噌 白味噌懐石」、「えちごいち味噌 無添加 丸しぼり 赤みそ」、「えちごいち味噌 無添加 丸しぼり 白みそ」を愛用している。
写真左「石野味噌 白味噌懐石」、写真右「えちごいち味噌 丸しぼり 赤みそ・白みそ」

プロフィール

占術家/細木かおり(ほそきかおり)さん

【誕生日】1978年12月11日
【経歴】一男二女の母であり、二人の孫を持つ。細木数子のマネージャー兼アシスタントを経て、六星占術の継承者に。母・数子の意志を継承し、さまざまな世代に六星占術をどのように活かせるかを伝えている。
【著書】『六星占術によるあなたの運命』、『母・細木数子から受け継いだ幸福論 あなたが幸せになれない理由』、『驚くほど人間関係が好転する!六星占術』、『六星占術 12運の周期リズムにのって超開運 あなたの未来を示す羅針盤』。ほかに母・数子との共著で『新版 幸せになるための先祖の祀り方』、『六星占術によるあなたの宿命』がある。

・個人鑑定のお申し込み方法などは、公式ホームページ​
・毎日の運気、各種お知らせは、公式LINEアカウント六星占術公式 @hosokikaori
・日々の活動はインスタグラム(kaori_hosoki_official)にて配信中
・六星占術の活用方法などをYouTube「細木かおりチャンネル」にて配信中 
・六星占術占いサイト 細木数子 細木かおり
(取材・文/泉 彩子  写真/鈴木 慶子)