「学び考える者が生き残る」鈴木光司さん【インタビュー後編】~日々摘花 第65回~

コラム
「学び考える者が生き残る」鈴木光司さん【インタビュー後編】~日々摘花 第65回~
ジャパニーズ・ホラーブームの火付け役でベストセラー作家の鈴木光司さん(68歳)。インタビュー前編ではご両親とのお別れと、後悔せずに見送る方法について語っていただきました。
後編では、悔いのない人生を送るには「学び、考えること」が重要だと説きます。哲学や科学を通じた世界の仕組みの理解が、生と死への恐怖を乗り越える鍵になるとも。小説家ならではの視点から、読書の価値や植物の生き残り戦略、生と死のとらえ方、生き物の起源までを語り尽くします。
小説家/鈴木光司(すずきこうじ)さん プロフィール
1957年5月13日生まれ、静岡県浜松市出身。慶應義塾大学文学部仏文科卒。90年、第2回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した『楽園』でデビュー。『リング』『らせん』『ループ』『バースデイ』の「リング」シリーズで人気を博す。『リング』は日本、ハリウッドで映画化され、共に大ヒットとなる。95年発表の『らせん』で第17回吉川英治文学新人賞、2013年に『エッジ』で米シャーリイ・ジャクスン賞(2012年度 長編小説部門)を受賞。その他の著作に『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』『エス』『タイド』などがある。

悔いなく生きるコツは「二者択一」の思考法

――悔いを残さずに死別を迎えられる人は、世の中にそう多くない気がします。悔いを残さず生き切るためにはどうしたらいいでしょうか。

鈴木さん:人生っていうものは、選択肢の連続でしょ? だから、なるべくより良い選択をすることが、ハッピーな生き方につながるんじゃないかな。

それで、物ごとを選択するときには、“コツ”があるんだよ。

――一体どのようなコツが⁉

鈴木さんいちばん大事なことは、世界の仕組みがどうなっているのかを知ること。揺るぎない情報、揺るぎないデータ、そして数学を元にして、自分なりに考えを構築してより良い答えを出すようにする。

最近はネットの陰謀論に流されたり、テレビやSNSの情報を鵜吞みにして、自分の頭で考えなくなっている。スマホで簡単に情報が得られるけど、少しも自分で考えないから、ちゃんとした判断ができるわけがない。テレビで言っていることも、医者が言っていることも、弁護士が言っていることも、そのまま信じちゃダメ。俺はスマホも必要ないから、持ってないよ。ずっとこのガラケーを使ってる(笑)。

不幸な人生はどういう場合に起こりうるかというと、間違った選択を重ねていった結果。だから、間違いを重ねていったらどうなるかを考えればいい。そうすると、いかに選択していくことが大事かわかるでしょう?

――間違った選択をしてしまいそうです……。

鈴木さん:世界の仕組みを知るためには、やっぱり勉強することが大事だと思う。世の中を知れば知るほど、勉強の大切さがわかる。俺が推奨するのは物理と数学だけど、日本語や外国語、理科、社会などを学ぶことによって、自然科学的な成り立ちや社会科学的なことを理解できるようになる。勉強すると、大勢の人が言っているデマを根拠もなく信じるっていうことからは脱することができるわけ。
鈴木さん:そして考え抜いた最後には、何ごとも二者択一に絞り込む

重要な選択するときほど、最後は二者択一がいい。複数の選択肢があったら論理的思考を使って、AかBかまで絞り込む。これは科学的な知見があって、人間は7つ以上の選択肢から決められないといわれているから。おまけに、宇宙の論理は二項対立でできている。これを分解していくと……たとえば、電荷であればプラスかマイナスしかないでしょ?磁石のS極N極、素粒子スピンの上向き下向き。自然の摂理は二者択一になっている

――本当ですね。すごい。

鈴木さん:コンピューターのプログラミングも0と1。右と左もしかり。物理学の中でもすごく大事な概念になってくるけれど、日常での選択も同じ。

俺は船に乗るんだけど、海に出たら取りうる選択肢っていうのは360°あるわけで、でも1°で刻んだら選択肢が360になってしまう。まず何をやるかといったら、船を出すか出さないかの2択で考える。そのために、とりあえず天候を読む。

次に出航目的からも船を出す、出さないを考える。花火を見に行くような遊びなのか、それとも被災地に支援物資を運ぶのか。海が荒れるという中でわざわざ花火を船で見に行きはしないけど、物資が不足していて人命に関わるようなら少しぐらい荒れていても船を出す。

さて今度は、気圧配置を全部読んで、右の海面に行くか、左の海面に行くか。海に出たはいいけど、次の進路は右に舵を切るか左に切るか……。ここまでに8つあった選択肢から最初にひとつを選べといわれたら誤った判断になりそうだけど、2分の1を続けていくと選びやすい。絞り込んで徹底的に論理的に考えれば、大きく間違わない。

――気分で選んできたことが多い気がします(笑)。

鈴木さん:いや、それでいいんだよ。目的が花火を見に行くとか、温泉に行くぐらいだったらそのときの気分でいいんだけれども、人生の重要な岐路とかを決める場合は、徹底的に論理的に考えたほうがいい。後悔したくないときや、深刻な事態のときだけって考えてもらったほうがいいかな? 常に論理的に徹底的に考えると疲れて大変だからね。

哲学が生と死の恐怖を乗り越える鍵になる

――鈴木さんは「死」をどのように捉えていますか。

鈴木さん「死」というものは、純粋に自分の意識がなくなっちゃうことだろうなと思っている。「無」になることというか。死後に霊魂が残るようなことはないんじゃないかな。俺は、そういった心霊現象みたいなものもオカルトにもまったく興味がないから(笑)。

自分では『リング』はとても論理的な推理小説を書いたつもりだったんだけど、角川の編集者に見せたら「とてもよくできたホラーです!」って言われてね。「え、ホラーなのか?」って、俺自身が驚いたよ(笑)。透視とか念写とか、そういった類の超心理現象が出てくるけれども、幽霊は出てこないじゃない。

――続編の『らせん』を読むと『リング』の恐怖の正体が解明されて、どちらも論理的なSFだとわかります。

鈴木さん:昔から科学や物理が大好きだったし、大学では小説家になるために仏文を専攻してはいたけど科学哲学も勉強していて、論理的なものが好きなのよ。

哲学って、人生論だと捉えられがちだけど、そうじゃない。物理と数学を知らないと理解できない学問。古代ギリシャにしても哲学者イコール物理学者・数学者だったでしょう? プラトンは天文学・生物学・数学などにも精通していたし、アリストテレスもそう。哲学者は、世界がどのようにできているのかっていうことを解明する仕事。
鈴木さん:哲学はある命題を解くときに、なるべく間違いがないように解く方法を論議することでもあるんだけど、哲学の分野の中には論理学っていうものがあって、要するに論理的な矛盾をなくしていかないと問題はきちんと解けないということになる。

哲学を通じて論理的に世の中のものを見ていくと、ものの見え方が変わってくるから面白い。生きていてつらい、苦しいと思えることも、違う見え方ができれば変わるかもしれない。

――最新作『ユビキタス』でも、地球の歴史を植物視点で眺めたらどうなるか――というまさに哲学的なことを考えさせられました。

鈴木さん地球生命の起源において、明らかに今わかっていることは、27億年前にシアノバクテリアが自然発生したということだけ。仮説に過ぎないけれども、ほかに考えようがないからこの説が今はもっとも有力。

シアノバクテリアは植物の葉緑体の起源とも言われていて、酸素発生型の光合成をする。これらが酸素をたくさん排出し、酸素が紫外線にぶつかってオゾン層ができて生物が生きやすい環境が整った。その間に進化を続けた海洋生物たちが、今度は陸上生活が安全になったからと陸に上がるようになっていく。

その後の生命史をずっと調べていくと、どう考えても植物が環境を整えて動物を引っ張っているっていうふうに見えてくるわけ。あとね、生物学上、多数派はいずれ衰退するんだよ。少数派に身を置くと、自分の出番が増えてくる。植物の生き残り戦略には、人も学ぶことが多いんだ。

読書は人生の訓練~視点を変え、世界を広げる

――人生の悲しみや苦しみを抱える人には、どんな学びが役に立つと思いますか。

鈴木さん:小説家だからいうのではなく、小説はものすごく役に立つ。世界の仕組みを知ること、自分で考えることにもつながるし、読者が登場人物の視点に立てるから、新しいものの見方ができるようになり、世界が広がる。普通に生きていたら、自分の視点でしか物を見られないでしょ。これは、人生にとってものすごく大切な心や行動の訓練でもあると思う。

新しい発見ができる楽しみも読書にはあるよね。たとえば、『ユビキタス』では、生物の営みは全部植物の陰謀かもしれないという説に触れている。植物が自身の持つ快感物質を利用して、人間に報酬系を埋め込み、地表を動き回れって指令を出しているんじゃないかって……。

人には何かを達成したときにものすごく嬉しいって感情がある。その嬉しさっていうのは快楽物質が脳内に出るからなんだけど。100メートルで10秒切って金メダル取るような人間にその瞬間の感想を聞くと、苦しいはずなのに天から光が注ぐような快楽だって言うわけですよ。達成時の快楽を得るために人間は世界を飛び回るけれど、こんな動き方をする生き物は人間しかいない。その脳内快楽物質と同じ作用をするのが植物が産出するアルカロイドなんだよね。大麻とかもそう。そんなのただの偶然だって思うかい?

――偶然ではなく、必然な気がしてきました。

鈴木さん:深読みしたらそういうことになるよね。人間を最高の運び屋に育てたのは植物。論理的に考えれば全部これで成り立つわけ。「植物が生き物すべてのお膳立てを整える張本人」という、一見とんでもない生命史の読み解きも、小説だからできる

「小説なんて読んでも意味がない」っていう人がいるけど、俺は無意味だというようなことはまったくないと思うよ。

年齢を重ねて、体が動かなくなっても本を読む楽しみだけは残るんじゃないかな。『ユビキタス』は今年1冊目が出たけれど、4部まで構想がある。こんな考え方もあるんだと、目からうろこを落としてもらえたら嬉しいですね。
――最後に、読者に言葉のプレゼントをお願いします。

鈴木さん「一瞬の光をつかめ!」- より良い選択をしましょうっていうことをお伝えしたい。これ実は大学生のときに決めたんだけれども、物ごとを選択するというか、自分の意思によって挑戦する・しないを決められるチャンスっていうのは実はそんなに多くないんですよ。ぼんやりしているとその瞬間を逃してしまう。ここは勝負時だ! 考えて決めるぞ! っていうときに、その瞬間を逃すなと。チャンスはね、光をぐわっと掴むような感覚

よくね、親の死に目をとるか仕事を優先するかという問いがあるけれど、そんなの自分と親との関係で決めたらいい。仕事を優先して冷たいなんて、世間の目は全く無視しろ!と言いたい。他人は、誰かに言ったことなんてしばらくしたら忘れてるんだから。

自分の意思を働かせろということ。同調圧力に負けたり、多数派に流されたりせずに、光を掴んでもらいたいです。

~EPISODE:癒しの隣に~

沈んだ気持ちを救ってくれた本・映画・音楽などがあれば教えてください
昔からQueen(クイーン)が大好きで、聴くと元気になれる。カラオケでもQueenばかり歌ってる。「ウィー・アー・ザ・チャンピオンズ」はみんなで大合唱だし、「ドント・ストップ・ミー・ナウ」は気分がぐっと上がる。
実は高校生のときにQueenの初来日公演に行っているんだよ。全国ツアーで静岡・掛川にあった「ヤマハつま恋ホール」※に来てくれてね。フレディの声って、理屈じゃなく、心にガーンと響く力があって、あれは本当に衝撃だったし、感動したなぁ。
ただ癒しのもとは人それぞれだから、良かったら聴いてみてくださいって感じかな(笑)。
※2016年に閉館

Queen グレイテスト・ヒッツ


Queen(クイーン)結成40周年、フレディ・マーキュリー没後20年を記念するアニヴァーサリー・イヤーにつくられた最新リマスター音源&Queen史上初SHM-CD仕様。ボヘミアン・ラプソディ、ボーン・トゥ・ラヴ・ユー、セイヴ・ミー、ドント・ストップ・ミー・ナウ、ナウ・アイム・ヒア、ウィ・ウィル・ロック・ユーほか計18曲を収録。
(取材・文/鈴木 啓子  写真/刑部 友康)