「父ちゃんみたく、我慢せず生きる」倉田真由美さん【インタビュー後編】~日々摘花 第61回~

コラム
「父ちゃんみたく、我慢せず生きる」倉田真由美さん【インタビュー後編】~日々摘花 第61回~
ダメ男“だめんず”ばかりを渡り歩く女性たちを描いた『だめんず・うぉ~か~』が大ヒット、“だめんず”は流行語にもなり、一躍時の人となった漫画家・倉田真由美さん。現在は、テレビやラジオのコメンテーター、エッセイスト、恵泉女学園非常勤講師など活躍の場を広げています。
前編では、2024年に逝去した夫・叶井俊太郎さんとの最期の日や、すい臓がんの闘病生活、病気があっても変わらぬ家族の絆を語っていただきました。後編では、死別との向き合い方や死生観の変化などについてうかがいます。

私が録った夫を少しずつ見返す日々

――叶井さんが亡くなられたあと、わりと早くからメディアの取材を受けられていましたが、つらくはなかったですか。

倉田さん:どうでしょうね……。でも、今がラクになっているのかというと、そういうわけでもないです。よく「時間薬」って言いますけど、私の場合は効いているのか効いていないのか、まだ1年なのでよくわからないです。夫は私にとってはすごく面白い存在で、毎日思い出しますし、泣くこともあるし、今もすごくつらいです。
漫画家/倉田真由美さん プロフィール
1971年7月23日生まれ、福岡県出身。一橋大学商学部卒業。元NHK経営委員会委員、2013年恵泉女学園非常勤講師。
大学卒業後、就職が決まらず『ヤングマガジン』にてギャグ大賞を受賞し、漫画家デビュー。2000年より週刊『SPA!』で連載している「だめんず・うぉ~か~」が大ヒット。近著に『凶母(まがはは)~小金井首なし殺人事件16年の真相』(サイゾー)、『お尻ふきます!!』(KADOKAWA)などがある。
倉田さん:親や兄弟、子どもを亡くしてつらいという方もいますけど、私は2年半前に父が他界したときに、お葬式では泣いたのに、いま父を思い出して泣くことはないんですよ。嫌いだったわけではないけど、好きだったかと問われたら「うん」と即答できないような関係性だったせいもあるのかな。父に申し訳ないと思うぐらい、夫のことばかり思い出しています

――動画や写真をよく見返されるそうですね。

倉田さん:毎日めちゃめちゃ見ていますよ。でも、まだ見返してないものがあって、それはちょっととってあるんです。見尽くしてしまうのが嫌なんですよ。

夫は表に出る仕事をしていたので、動画や写真は探せばあるだろうけど、私が録った夫でないと意味がなくて。なぜなら、その映像がすべて私の思い出と繋がっているから。そのときの風景が鮮明に蘇って、夫を疑似体験できるんです。他人が撮影したものだと、「あぁ、夫だな」とは思うけれど感情を喚起してくれないんですよね。

それに、人間の記憶力は知れているから、自分でも忘れていることを思い出させてくれるよさもあります。このとき夫はこんなことを言っていたんだ、とか。いつもフレッシュな気持ちで夫と出会いたいから、子どもが小さい頃のビデオで見ていないものがあるんですけど、それはあえてとってあります
――見終えるのはいつぐらいになりそうですか。

倉田さん:いつになるんでしょうね。夫が死んじゃったときから、私は夫の思い出を浴び続けていないとダメになったので、見終えたくないし、見終わるのが怖い。でも、私が撮影した動画は限られているから、必ず終わりがやってくる。とはいえ、見ないまま死ぬわけにはいかないので、病気になったら一気に見るかもしれません。

今さらですけど、大事な人の思い出はたくさんあったほうがいいですね。特に動画は臨場感があるので、もっと撮っておけばよかったと後悔しています。子どもの動画を撮影しているときに夫が映り込むと、「もう、あんた映んないでよ」って邪魔者扱いしていましたから(笑)。

写真に関しても同じです。こうして取材を受けていると、「倉田さんと叶井さんの夫婦の写真をいただけませんか」ってたまに言わるんですけど、夫婦の写真が全然なくて。子どもと3人で写っているものはありますけど、最近は娘だけを写したものばかりで近影がない。病気になってから慌てて残そうとしても、顔色が悪かったり、痩せていたりするので、元気なうちにいっぱい写真を撮っておくべきだと思いました。元気なときの姿で思い出したいですし。

人によってはつらくて見返せないという人もいると思いますけど、動画も写真ももっともっと撮っておくべきよって、みなさんにお伝えしたいです。

「時間薬」が効いても、以前の自分には戻れない

――倉田さんは「失恋ソングを聴くと全部自分のことに聴こえる」とおっしゃっています。

倉田さん:そうなんですよ。失恋したわけでもないのに、歌詞を勝手に変換して自分に当てはめては、ひとりで号泣することも多々……。洋楽はまだマシなんですけど、日本の歌はいやでも歌詞が入ってくるので、自発的に聴かなくなりました。それでも、テレビやラジオ、店内、街中……自然と耳に入ってくると泣いてしまう。以前は音楽を聴きながら作業をしていたんですけど、今は無理ですね。

――具体的にはどの曲が琴線に触れるのでしょうか。

倉田さん:たくさんあって挙げづらいのですが、特にやばいのは玉置浩二さんの『メロディー』ですかね。あと失恋ソングではないですけど、織田哲郎さんの『いつまでも変わらぬ愛を』と森山直太朗さんの『さくら(独唱)』も。家族旅行でよく沖縄に行っていたので、夏川りみさんの曲を聴いても泣いてしまいます

(涙ぐみながら)私、こうして普通に生きていて、どこも悪くなくて元気なんですけど、こうやってお話しながらすぐ泣いちゃうんです。しかも毎日毎日泣いている。話しながらすぐに泣く状態って普通じゃないじゃないですか。以前だったらこんなことはないから。音楽に関しても、昔は泣けなかった曲でも、今聴いたら号泣しますからね。

夫が亡くなって、自分という人間が変わってしまった。人の死って恐ろしいですよ。本当に恐ろしい。以前までの私じゃない。「時間薬」が効いたとしても、もう以前の自分に戻ることはないんでしょうね。

悔いないように生き尽くす

倉田さん:私自身も変わりましたけど、死生観も変わりました。彼が病気になるまでは、健康で長生きしたいと思っていましたけど、それにこだわる必要もないなって。早く亡くなったからといって不幸というわけではないですし。一般的には健康で長生きすることがいいこととされているけれども、彼を見ていたらそうでもないと気づいたんです。

夫は毎日やりたいことを全部やって我慢もしない。1日、1日を悔いなく生き抜いていた人でしたから、いつ死んでも大丈夫だと。「思い残すことがあるとしたら、今読んでいる漫画の続きが読めなくなることと、来年出る映画を観られないこと」って言っていましたね(笑)。娘がまだ中学生なのに、「娘のゆくえは気にならないの?」って聞くと、「あいつは大丈夫だよ」と。溺愛していたので未練が残ってもいいはずなのに、それがまったくない。残される家族としては寂しいけれど、ラクでもあるんですよね。

――悔いなく生き抜くって難しそうですが、倉田さんも同じような考えですか?

倉田さん:そうですね。夫のことだけではなく、母の姿も見て我慢せずにやりたいことをやって生きようと思っています。うちの父は「俺の飯は?」みたいなザ・昭和の男で、母がいないと何もできないし、親しい友人もいなかったので、定年退職してから母に頼りきりでした。母はもともと社交的なんですけど、父がいるから家を開けられなくてずっと我慢していたんだと思います。

母は今年78歳になったんですけど、2年半前に父が他界してから習い事を4つも始めて、近所のおばさんたちと頻繁にランチ会なんかも開催したりして、毎日楽しそうなんですよ。でも、父が死んでいなかったら……って考えると、それってどうなの?とも思うわけです。夫が死んでから手に入れる幸せって何?って。

しかも、自分が先に亡くなる場合もあるわけですよ。そうなったら死ぬに死ねないですよね。むちゃくちゃ恨んで死んで、霊になってこっちの世界に蘇るぐらいのストレスを抱えたまま亡くなった女性は結構いるんじゃないかと思います。
――ストレスだけ抱えて死んだら死にきれないですね。

倉田さん:母は父が死んで喜んではいませんし、悲しかったと思うけれど、私は誰かが死ぬことで解放されるのではなくて、自分の幸せは自分で掴み取りたい

幸か不幸か、私にはそういうストレスがまったくなく、夫のことが大好きだったので、ただ悲しいだけ。今もひたすら悲しむことができる。でも、悲しみにどっぷり浸かるとしんどくもあります。逆に、夫が死んで「ああ、今幸せ」って思える人は、そんなに悲しまずにすむでしょうから、ある意味ラクなのかもしれませんね。我慢してきたぶん、死別でものすごく苦しむことがない。

どちらが幸せなのかはわかりませんけど、私はやっぱり毎日我慢しないで過ごすほうがいいかな。ずっとしたいことして生きて、夫のように最期の瞬間まで満足だと言える毎日を送りたいです。
――最後に、読者に言葉のプレゼントをお願いします。

倉田さん「今を生き尽くして死のう」。やりたいことをして食べたいものを食べて会いたい人に会ってこの世を去った夫は、まさにこのお手本のような人でした。生き尽くすお手本を間近でずっと見てきましたから、ああいう最期を迎えられることがどれほど幸せなことなのかもよくわかります。

実は、夫が死んだことで、死というものがちょっとだけ怖くなくなったんです。怖くないわけではないけれど、怖さの質が変わったというか。悔いが残るから怖いのだと

だから、みなさんにも悔いのない人生を送っていただきたく思い、この言葉を贈ります。

~EPISODE:追憶の旅路~

人生でもう一度訪れたい場所はありますか?
もし自分の命が残り僅かという状況になったら、夫と一緒に行った場所を再訪しておきたいですね。家族3人でよく宮古島と石垣島に行っていたので、この2か所かな。どちらかひとつ選ぶなら、夫が特に好きだった宮古島。とっても宮古島が好きだったので、死ぬ前にもう一度行かせてあげたかったです。
でも、今はまだ行けないです。夫との思い出が強すぎて、記憶の上書きをするのが寂しいし、怖いから。先日、かつて夫と一緒に行った自宅近くの公園を歩いたときは、ただ悲しくて、きっと宮古島に行ったらもっと悲しいと思うんですよ。

宮古島

沖縄本島から南西に約300km、東京から約2000kmに位置し、沖縄県宮古島市に属する宮古列島の島のひとつ。透明度の高いエメラルドグリーンやコバルトブルーの海が美しく、マリンスポーツを楽しむ観光客も多い。2024年の年間入域観光客数は約120万人にのぼる、国内の人気観光地でもある。
■撮影協力:LB coffee
東京・目黒の「学芸大学駅前」に、今年(2025年)オープンした隠れ家的カフェ。コンセント付きの席もありテレワークにも便利。フレーバーラテやサンドウィッチといった喫茶メニューのほか、夜はバーとしてハイボールやカクテルなどのお酒も味わえる。

住所:東京都目黒区鷹番3-8-4 GGビル 2F
(取材・文/鈴木 啓子  写真/刑部 友康)