「365日、毎日違う道を歩く」映画コメンテーター・LiLiCoさん【インタビュー前編】~日々摘花 第68回~

コラム
「365日、毎日違う道を歩く」映画コメンテーター・LiLiCoさん【インタビュー前編】~日々摘花 第68回~
映画コメンテーター、タレントとして、テレビ・ラジオ・執筆など幅広く活躍するLiLiCo(リリコ)さん。スウェーデンで生まれ育ち、18歳で来日。長い下積み時代を経て、明るくパワフルなキャラクターで唯一無二の存在感を放っています。
そんなLiLiCoさんの人生には、祖母や母との“別れ”が深く刻まれていました。前編では、生前葬を開き、「拍手で送り出してほしい」と言い残したお祖母さまとの別れについてうかがいました。
人は必ず、大切な人との別れを経験します。その深い悲しみと、そこから生まれる優しさを胸に、“今日という日の花を摘む”ように、毎日を大切に生きてゆく……。「日々摘花(ひびてきか)」は、そんな自らの体験を、様々な分野の第一線で活躍する方々に共有していただく特別インタビュー企画です。

“日本の母”だった祖母

――これまで経験された“お別れ”の中で、特に印象に残っているのはどなたですか。

LiLiCoさん:東京の葛飾区立石という下町に住んでいた母方の祖母です。1909年生まれで、2003年3月、94歳で亡くなりました。幼少期に第一次世界大戦を経験し、激動の時代を生き抜いてきたスーパーウーマンです。

私は18歳の時に単身で来日したんですけど、きっかけを作ってくれたのも祖母でした。子どもの頃、祖母が定期的にスウェーデンに送ってくれた日本のアイドル雑誌を読むうちに日本の音楽を聴くようになり、いつしか「日本のアイドル歌手になること」が夢になっていきました。

○映画コメンテーター・タレント/LiLiCoさん プロフィール
1970年11月16日生まれ、スウェーデン・ストックホルム出身。スウェーデン人の父と日本人の母を持つ。89年から芸能活動をスタート。5年に渡るホームレス生活など苦難の日々を乗り越え、2001年、30歳のときにTBS系「王様のブランチ」で映画コメンテーターとしてレギュラーに。現在はタレント、女優、声優、字幕翻訳など活動は多岐にわたる。24年には外国映画文化への貢献が評価され「淀川長治賞」を受賞。近年はネパールやウガンダへの学校建設支援など、社会貢献活動にも力を注いでいる。
LiLiCoさん:日本に来てからは、祖母がずっと母親代わり。だからか、スウェーデンと東京という遠距離のときは“優しいおばあちゃん”だったのに、一緒に暮らし始めたら厳しくてびっくり(笑)

――どのように厳しかったのですか。

LiLiCoさん:「この国で暮らすなら、言葉と文化はしっかり学びなさい」――そう言って、日本語もみっちり教え込まれました。「すべてに共感する必要はない。でも理解はしなさい」と。芸能の世界に進むなら、なおさらだと。友だちを家に連れてきたら、きちんと挨拶をさせるなど、礼儀やマナーにも厳しかったですね。

一方で、オーディション情報やアルバイトの求人を見つけてきてくれることもありました。祖母は叔父と一緒に、自宅の近くで「ライブ喫茶ぴいこ」というライブハウスを営んでいて、忙しい中でも、いつも私のことを気にかけてくれました
LiLiCoさん:ちなみに、ライブハウスの店名の“ぴいこ”は、祖母が私のことを「ぴいこちゃん」と呼んでいたのが由来。私の本名は「アンソフィー」なんですけど、祖母は“アンソフィー”が言えずに、“アンソピー”に(笑)。そこからピーだけ取って“ぴいこちゃん”になったんです。

――LiLiCoさんへの深い愛情を感じます。

LiLiCoさん惜しみなく愛情を注いでくれたと思います。実は今日の衣装……、シャツの下にラメ入りの毛糸で編んだニットのビスチェを着ているんですけど、祖母が亡くなる前に編んでくれたものなんです。しかも、へそ出しルック丈(笑)。今日、祖母の話をすると思ったので着てきました。

――お祖母さまとの思い出で、今も特に印象に残っていることは何ですか。

LiLiCoさん祖母が90歳の時に開いた生前葬のパーティーです。みんなに「ありがとう」を伝えたいからって。近所の人たちはもちろん、久々に「ライブ喫茶ぴいこ」に通っていたお客さんも大勢集まってくれて、「ありがとう」とか「またね」とか言いながらワイワイやって、祖母をはじめ、みんな楽しそうでした

生前葬がすごく良くて。葬儀の準備にもなりましたし、生きているうちに感謝の気持ちを伝えられるのはいいですね。亡くなってからでは遅い。最近は音声や映像を残して伝える方法がありますけど、やっぱり直接伝えるのがいちばんだなって思いました。

最期には、その人の生き方が表れる

――お祖母さまの最期は、どのようなものだったのでしょうか。

LiLiCoさん:亡くなる数か月前から体調が悪くなり、曳舟の病院に入院していました。その頃は『王様のブランチ』のレギュラーをはじめ、仕事が忙しかったんですけど、少しでも一緒にいたくて、仕事後は病院に直行する毎日でした。

祖母が息を引き取った日は、なんとなく胸騒ぎがしながら都営浅草線に乗っていました。当時はガラケーで、地下鉄では圏外になるはずなのに、なぜかずっと電波が入っていて。すると、義理の叔母から着信があって、「いま、おばあちゃんが亡くなった」と知らされました。

――まるで、お祖母さまが知らせてくれたみたいですね。

LiLiCoさん:祖母も私も昔から第六感のようなものが働くタイプだからかな?(笑) 最期の瞬間には立ち会えなかったけれど、すぐに病院に着くことができたんです。まだ身体が温かかくて、まるで眠っているみたいでしたね。自宅に戻る時には棺に入ることになるので、その日は病院に残り、祖母の隣で眠りました

そういえば、前年の春に叔父が57歳で亡くなったのですが、祖母が位牌を抱きながら「来年、桜が咲いたら迎えに来るのよ」って言ったんですよ。まさかその通りになるなんて……。

――ご葬儀にもお祖母さまらしいこだわりはあったのでしょうか。

LiLiCoさん全部自分で決めていました。「この着物を着る」と紫色の着物を用意して、遺影も「これがいちばんイケてるから」ってお気に入りの写真を自分で選んでいた。さらに私に140万円を預けて、「お香典はいらないから、これでお葬式をやって」と。
あと、棺を出す時に手を合わせると悲しい雰囲気になるから、「拍手で送り出して」って。90過ぎまで生きたんだから拍手で送り出して欲しいっていう。でも、いざその場になると、みんなで顔を見合わせてしまって。

葬儀場で拍手ですよ? 最初に拍手する人、不謹慎に見えるし責任重大じゃないですか。「誰が最初にやるの⁉」みたいになって(笑)。大勢の参列者がいる中で、今でもお付き合いのある立石のお兄さんが勇気を出して最初に「パン!」って手を叩いてくれたんです。おかげで大きな拍手に包まれて、明るい雰囲気の中で見送ることができました
――お祖母さまの願いを叶えられたのですね。

LiLiCoさん:はい。祖母は最後まで、“自分の人生をちゃんと生きる”人でした。

亡くなって6年ぐらい経った頃、私の携帯に知らない人から「土地の更新はどうされますか?」と連絡がきたんです。家は祖父が昭和17年に建てたものですが、土地は借地で。家を相続した私の携帯電話番号まで伝えてあって、準備の良さにびっくり!

これまで多くの人を見送ってきましたけど、きちんと生きていた人は最期までちゃんとしていた。逆に、ぐうたらで色んなものがガタガタの人は、お葬式も相続もめちゃくちゃで、残された人が大変そうでした。

死に方にも、その人の生き方が出ると思うんです。だから、私もおばあちゃんを見習って、遺言を書きましたよ。人生、いつ何が起こるかわからないから。今日だって外に出たら車に轢かれるかもしれないし。でも、まぁ……たぶん車のほうが壊れますけどね(笑)。

人生は3万日しかない!

――遺言以外で、終活で準備されていることはありますか?

LiLiCoさん:最近、北海道石狩郡当別町にあるスウェーデンヒルズという住宅地に家を買ったので、今は東京の家から少しずつ荷物を運び入れているところです。いずれは、北海道で過ごす時間を長くしたいと思っています。具体的に動いているのは、それくらいかな。

とはいえ、終活って、やっぱり家族や親せきなど、周りの人たちとちゃんと話しておくことが大事だと思う。私はいつも「泣かないでね」って言っています。お寿司とドンペリを用意して、それなりのお金も残しますから、みんなでどんちゃん騒ぎしてもらって、「LiLiCoは面白いやつだったな~」って話してくれたら嬉しいし、笑って送り出してもらえたらいいな、なんて思っています。

祖母を見ていても、準備ができていることが、残された側にとってすごく救いになるとも感じました。と言いながら、16歳の姪っ子・リカちゃんや、9歳の甥っ子・レイくんより、私のほうがしぶとくて長生きしちゃうかも。私、105歳まで生きる予定なので

――105歳!(笑)

LiLiCoさん:はい(笑)。でもね、死ぬことを考えるって、暗いことじゃないと思うんですよ。むしろ逆で。いつか終わりがあるってわかっているから、「今」を大事にできる
私、ある時、「80歳まで生きたとしても、人生って約3万日しかない」って気づいたんです。少なっ! って思って(笑)。3万日しかないんだったら、怒っている時間とか、嫌な人のこと考えている時間ってもったいないじゃない。だから、楽しいことをちゃんとやりたいし、人にも優しくしたいし、自分の人生を面白がっていたい

祖母がよく、「毎日違う道で帰りなさい」って言っていたんです。同じ道ばかり歩いていたら何も変わらないけど、違う道を歩けば、新しい景色や発見があるからって。
――言われてみればそうですね!

LiLiCoさん:1日ひとつ得て行けば、1年で365個得られるじゃないですか。だから私は今でも、行きと帰りは違う道を歩くようにしています

人生って、本当はそういう小さな発見の積み重ねなんですよね。だから私は、何歳になっても、新しい景色を見ていたい。そういう気持ちも祖母から教わった気がします

~EPISODE:さいごの晩餐~

「最後の食事」には何を食べたいですか?
日によって食べたいものは変わるのですが、大好きなものを挙げるなら、からすみとテルモンっていうシャンパン。初めてからすみを食べたのはホステスを掛け持ちしていた20代後半。お客様にいただいて、ひと口食べた瞬間、あまりの美味しさに衝撃を受けました。
その方は亡くなる前、「久しぶりに会いたいな」って電話をくださったんですけど、忙しくて行けなかった。からすみを食べると、その人のことを思い出すし、苦労した下積み時代を思い起こさせてくれます。

唐津海 本からすみ

からすみは、ボラの卵巣を塩漬けにし、塩抜き後に天日干しで乾燥させた日本三大珍味のひとつ。佐賀県唐津のからすみ専門店・唐津海(からつみ)は、無添加・無着色の「高級本からすみ」から千円以下で買える「コロコロからすみ」まで、愉しみ方もいろいろ。佐賀県に2店舗、東京・銀座には飲食もできる1店舗を構える。

Information

『お終活3 幸春!人生メモリーズ』全国絶賛公開中!
©2026「お終活3」製作委員会 配給:イオンエンターテイメント
『お終活3 幸春!人生メモリーズ』
本作は、“終活”をテーマに、家族の絆や老い、人生の“締めくくり”をユーモアと温かさを交えて描く人気シリーズ『お終活』第3弾。笑いあり涙ありの人間ドラマを通して、“人生の後半をどう生きるか”を優しく問いかけます。LiLiCoさんは前作に続き、主人公たちを見守る理佳子役として出演。
(取材・文/鈴木 啓子  写真/刑部 友康)
インタビュー後編の公開は、6月26日(金)です。お楽しみに。