「“今”は、神様からのプレゼント」LiLiCoさん【インタビュー後編】~日々摘花 第68回~
コラム

映画コメンテーター、タレント、歌手、女優、翻訳家など、マルチに活躍するLiLiCo(リリコ)さん。明るくエネルギッシュなキャラクターで知られる一方、その言葉の奥には、“生と死”を見つめ続けてきた人ならではの実感があります。
前編では、「拍手で送り出して」と言い残したお祖母さまとの別れを中心に伺いました。後編では、2012年に69歳で亡くなったお母さまへの思い、そして“限りある人生をどう生きるか”について伺います。
前編では、「拍手で送り出して」と言い残したお祖母さまとの別れを中心に伺いました。後編では、2012年に69歳で亡くなったお母さまへの思い、そして“限りある人生をどう生きるか”について伺います。
○映画コメンテーター・タレント/LiLiCoさん プロフィール
1970年11月16日生まれ、スウェーデン・ストックホルム出身。スウェーデン人の父と日本人の母を持つ。89年から芸能活動をスタート。5年に渡るホームレス生活など苦難の日々を乗り越え、2001年、30歳のときにTBS系「王様のブランチ」で映画コメンテーターとしてレギュラーに。現在はタレント、女優、声優、字幕翻訳など活動は多岐にわたる。24年には外国映画文化への貢献が評価され「淀川長治賞」を受賞。近年はネパールやウガンダへの学校建設支援など、社会貢献活動にも力を注いでいる。
1970年11月16日生まれ、スウェーデン・ストックホルム出身。スウェーデン人の父と日本人の母を持つ。89年から芸能活動をスタート。5年に渡るホームレス生活など苦難の日々を乗り越え、2001年、30歳のときにTBS系「王様のブランチ」で映画コメンテーターとしてレギュラーに。現在はタレント、女優、声優、字幕翻訳など活動は多岐にわたる。24年には外国映画文化への貢献が評価され「淀川長治賞」を受賞。近年はネパールやウガンダへの学校建設支援など、社会貢献活動にも力を注いでいる。
ある日“母が消えちゃった”
――2012年にお母さまが69歳で他界されました。お別れはどのようなものだったのでしょうか。
LiLiCoさん:母は26歳のときに、バックパッカーとして日本からスウェーデンへ渡り、父と出会って結婚しました。日本の有名大学を卒業し、語学も堪能だったこともあり、スウェーデンでは、IBMの現地法人などで機械設計士として働いていました。28歳で私を、37歳で弟を産んだのですが、弟が生まれて間もなく父とは別居。弟は、生後2か月で医師から「3歳までしか生きられない」と言われたほど重いぜんそくとアレルギー持ちでした。
LiLiCoさん:母は26歳のときに、バックパッカーとして日本からスウェーデンへ渡り、父と出会って結婚しました。日本の有名大学を卒業し、語学も堪能だったこともあり、スウェーデンでは、IBMの現地法人などで機械設計士として働いていました。28歳で私を、37歳で弟を産んだのですが、弟が生まれて間もなく父とは別居。弟は、生後2か月で医師から「3歳までしか生きられない」と言われたほど重いぜんそくとアレルギー持ちでした。
仕事の忙しさと異国の地で家族を支え続ける重圧で、母は少しずつ心を蝕まれていきました。ことあるごとに「死にたい」と口にして、里帰りで日本にいる時には、「もし私がここで死んだら、フライパンで骨を焼いてスウェーデンに送って」なんてことを子どもの私に言ったことも。年々あたられることが多くなり、母との関係が悪化したまま私は日本へ。晩年、母はすっかり精神を病んでいました。
最期は突然でしたね。丹毒(たんどく)という皮膚の病気を患っていたのですが、ある日容体が急変し、亡くなりました。長く心を病んでいたので、正直、悲しみよりも「あぁ、自死じゃなかったんだ」という安堵が先に来て。もちろん悲しかったけれど、自死だったら、自分を責め続けるような、複雑な気持ちが残ったと思います。
――葬儀はスウェーデンで行われたのですか?
LiLiCoさん:ええ。奇跡的にその時だけ仕事のスケジュールが空いて行くことができました。
でも、母の死に顔を見ることはできなかったんです。日本と違って、スウェーデンの棺には窓がないので。亡骸を見ていないから、今でも「母は本当に亡くなったのかな?」っていう感覚がずっとある。ある日“母が消えちゃった”だけ、みたいな。
母が散骨だったことも影響しているかもしれません。
最期は突然でしたね。丹毒(たんどく)という皮膚の病気を患っていたのですが、ある日容体が急変し、亡くなりました。長く心を病んでいたので、正直、悲しみよりも「あぁ、自死じゃなかったんだ」という安堵が先に来て。もちろん悲しかったけれど、自死だったら、自分を責め続けるような、複雑な気持ちが残ったと思います。
――葬儀はスウェーデンで行われたのですか?
LiLiCoさん:ええ。奇跡的にその時だけ仕事のスケジュールが空いて行くことができました。
でも、母の死に顔を見ることはできなかったんです。日本と違って、スウェーデンの棺には窓がないので。亡骸を見ていないから、今でも「母は本当に亡くなったのかな?」っていう感覚がずっとある。ある日“母が消えちゃった”だけ、みたいな。
母が散骨だったことも影響しているかもしれません。
――散骨を選ばれたのですね。
LiLiCoさん:母の希望でした。親友が墓場の一角にある小高い丘に散骨したので、同じ場所に撒いて欲しいと。お花が綺麗に植えられた、見晴らしのいい丘なんです。ベンチが置かれていて、母はそこで親友を偲んでいたようです。
LiLiCoさん:母の希望でした。親友が墓場の一角にある小高い丘に散骨したので、同じ場所に撒いて欲しいと。お花が綺麗に植えられた、見晴らしのいい丘なんです。ベンチが置かれていて、母はそこで親友を偲んでいたようです。
LiLiCoさん:私もスウェーデンに帰ると、そのベンチに座って母と会話をしています。生前にわかり合えなかったぶん、今少しずつ取り戻している感じ。本当は生きているうちに、一緒にお酒を飲んで、もっといろんな話をしたかった。お墓がないから、なおさら亡くなった実感が薄いのかも。
実はね、母が亡くなってから父との縁が復活したんですよ。母から父の悪口を聞かされて育ったので、ずっと嫌な人だと思っていたの。でも、葬儀の時に初めて父とじっくり話したら、すごく優しくていい人だった。もうね、母に「コノヤロー!」って言いたい感じ(笑)。今は父との関係を少しずつ築き直しています。母の死がきっかけをくれたので、そこは感謝しています。
今でも帰省する予定を立てる時、「父のところに行って、弟のところに行って、母のところに行って……あっ、違う。もういないんだ」ってなるぐらい。10年以上も母が亡くなった実感がないから、このままなのかもですね。
実はね、母が亡くなってから父との縁が復活したんですよ。母から父の悪口を聞かされて育ったので、ずっと嫌な人だと思っていたの。でも、葬儀の時に初めて父とじっくり話したら、すごく優しくていい人だった。もうね、母に「コノヤロー!」って言いたい感じ(笑)。今は父との関係を少しずつ築き直しています。母の死がきっかけをくれたので、そこは感謝しています。
今でも帰省する予定を立てる時、「父のところに行って、弟のところに行って、母のところに行って……あっ、違う。もういないんだ」ってなるぐらい。10年以上も母が亡くなった実感がないから、このままなのかもですね。
ポジティブな人ほど、“生と死”を考えている
――現在J-WAVEで放送中の「ALL GOOD FRIDAY」をはじめ、メディアでお見かけするLiLiCoさんは、いつも物事をポジティブに捉えていらっしゃる印象があります。
LiLiCoさん:「80年生きるとしたら、3万日しかない」という話をしましたけど、残された時間を考えると、本当に1日が惜しいんです。そんな貴重な時間を、嫌な人のことをずっと考えたり、怒ったり、羨んだりすることに費やしていたら、すごくもったいないじゃないですか。だったら、楽しいことを考えていたほうがいいなって。
そもそも、人間が今こうして生きていること自体、めちゃくちゃ不思議なことだと思うんです。138億年前に宇宙が誕生して、46億年前に地球ができて、恐竜の時代があって、その間にも多くの生物が生まれては絶滅し、30万年前に人類が現れて、今、私たちがいる。
同じ人間でも、肌や髪の色、言語や文化、性格も考え方も違う。病気を患っている人もいれば、障害を持っている人もいて、大切な人を失った人もいる――そう考えると、“今を生きている”って、それだけですごいことなんですよね。
――そう思えるようになったのは、大切な方を亡くされてからですか?
LiLiCoさん:これという出来事がひとつあったわけではなくて、いろんな経験をしてきたからかもしれないですね。母のこともそうだし、仕事が無くて貧しくて苦労した時代も長かったですし。
でも、周りを見ているとポジティブな人ほど“生と死”をちゃんと考えていることに気づいたんです。特に“死”を意識していないと、「今を生きている」っていう感覚が薄くなるというか。
LiLiCoさん:「80年生きるとしたら、3万日しかない」という話をしましたけど、残された時間を考えると、本当に1日が惜しいんです。そんな貴重な時間を、嫌な人のことをずっと考えたり、怒ったり、羨んだりすることに費やしていたら、すごくもったいないじゃないですか。だったら、楽しいことを考えていたほうがいいなって。
そもそも、人間が今こうして生きていること自体、めちゃくちゃ不思議なことだと思うんです。138億年前に宇宙が誕生して、46億年前に地球ができて、恐竜の時代があって、その間にも多くの生物が生まれては絶滅し、30万年前に人類が現れて、今、私たちがいる。
同じ人間でも、肌や髪の色、言語や文化、性格も考え方も違う。病気を患っている人もいれば、障害を持っている人もいて、大切な人を失った人もいる――そう考えると、“今を生きている”って、それだけですごいことなんですよね。
――そう思えるようになったのは、大切な方を亡くされてからですか?
LiLiCoさん:これという出来事がひとつあったわけではなくて、いろんな経験をしてきたからかもしれないですね。母のこともそうだし、仕事が無くて貧しくて苦労した時代も長かったですし。
でも、周りを見ているとポジティブな人ほど“生と死”をちゃんと考えていることに気づいたんです。特に“死”を意識していないと、「今を生きている」っていう感覚が薄くなるというか。
死生観が変わったという経験はむしろ20代の頃。フットサルをやっていたんですけど、セルジオ越後杯という大会の試合中に、チームメイトが突然心臓発作で亡くなったんです。彼はまだ30代前半でした。知らせを聞いた奥さんが病院に駆けつけて、映画みたいに泣き崩れるわけじゃなく、淡々と「ねえ、あなた帰りましょう」って言ったんですよ。その時、すごく衝撃を受けて。人って、状況を飲み込めない時はああいう反応になるんだって。
LiLiCoさん:昨日まで普通に一緒にいた人が、ある日突然いなくなる。祖母はある程度覚悟ができていたし、母も69歳まで生きた。でも彼はまだ30代半で、人生これからっていう時だった。私も若かったし、死を身近には感じていなかった。もちろん命の重さは同じだけれど、若い人の死はやっぱり衝撃でした。
だから、「会いたい人には会う」とか、「やりたいことはちゃんとやる」って、すごく大事なんですよね。
だから、「会いたい人には会う」とか、「やりたいことはちゃんとやる」って、すごく大事なんですよね。
人生は「1に努力、2に努力、3に勇気」
LiLiCoさん:祖母と母は仲が良かったとは言えない二人だけど、母娘だからか、ありがたい共通点がありまして。母も祖母と同じく、ちゃんと遺言を残してくれていたんです。だから、残された私や弟が迷うことはありませんでした。
母の遺言ね、めちゃくちゃ短かったんですよ。たったの4行。1行目には「お葬式にはこの人とこの人とこの人だけ呼ぶこと」、2行目には「日本の家はぴいこちゃん(LiLiCoさんの愛称)に相続させる」、3行目には「スウェーデンの家は弟・太郎くんに相続させる」と。最後は「現金は姉弟で半分ずつ」。それだけ。
――本当に4行!
LiLiCoさん:とってもわかりやすいでしょう?(笑) 一応遺言は書いてあるけど、マネして書き換えようかと思っています。
母の遺言ね、めちゃくちゃ短かったんですよ。たったの4行。1行目には「お葬式にはこの人とこの人とこの人だけ呼ぶこと」、2行目には「日本の家はぴいこちゃん(LiLiCoさんの愛称)に相続させる」、3行目には「スウェーデンの家は弟・太郎くんに相続させる」と。最後は「現金は姉弟で半分ずつ」。それだけ。
――本当に4行!
LiLiCoさん:とってもわかりやすいでしょう?(笑) 一応遺言は書いてあるけど、マネして書き換えようかと思っています。
――LiLiCoさんにこれだけは聞いておきたいのですが、喪失感や人生の寂しさなどから心を癒すために見るといい映画ってありますか?
LiLiCoさん:もちろん! たくさんありますけど、どれかひとつを挙げるなら、スウェーデン映画の『歓びを歌にのせて』。生きていると、苦しいこともいっぱいあるじゃないですか。でも、人って何歳からでも変われるし、生き直せるんだって思わせてくれる、そんな作品です。
劇中歌《Gabriella Song(ガブリエラの歌)》はとてもパワーが感じられる歌詞なので、読者のみなさんもよかったら聴いてみてください。映画を観る時間はなくても、この曲を聴くだけで、何か伝わるはず。
私もやりたいと思ったことは行動に移したくて、2025年にネパールとウガンダに学校を建てたんです。「LiLiCo Block」って名前を入れられちゃって、ちょっと照れくさいんですけどね(笑)。子どもたちが学べる環境をつくることは、その子たちの未来につながると信じているから。
――実際に行動に移しているのもさすがです。最後に、読者の皆さんへ言葉のプレゼントをお願いします。
LiLiCoさん:自分の人生を生きることを楽しんでいただきたいという思いを込めて、“Live your life”という言葉を贈ります。生きていると、嫌なことも、苦しいこともいっぱいありますよね。でも、その中で「自分はどう生きたいか」を考え、人と比べず、自分の人生を生きる。
「でも」「だって」「羨ましい」「ずるい」って言っているだけじゃ、人生は変わらない。人生は「1に努力、2に努力、3に勇気」だと思うから。
LiLiCoさん:もちろん! たくさんありますけど、どれかひとつを挙げるなら、スウェーデン映画の『歓びを歌にのせて』。生きていると、苦しいこともいっぱいあるじゃないですか。でも、人って何歳からでも変われるし、生き直せるんだって思わせてくれる、そんな作品です。
劇中歌《Gabriella Song(ガブリエラの歌)》はとてもパワーが感じられる歌詞なので、読者のみなさんもよかったら聴いてみてください。映画を観る時間はなくても、この曲を聴くだけで、何か伝わるはず。
私もやりたいと思ったことは行動に移したくて、2025年にネパールとウガンダに学校を建てたんです。「LiLiCo Block」って名前を入れられちゃって、ちょっと照れくさいんですけどね(笑)。子どもたちが学べる環境をつくることは、その子たちの未来につながると信じているから。
――実際に行動に移しているのもさすがです。最後に、読者の皆さんへ言葉のプレゼントをお願いします。
LiLiCoさん:自分の人生を生きることを楽しんでいただきたいという思いを込めて、“Live your life”という言葉を贈ります。生きていると、嫌なことも、苦しいこともいっぱいありますよね。でも、その中で「自分はどう生きたいか」を考え、人と比べず、自分の人生を生きる。
「でも」「だって」「羨ましい」「ずるい」って言っているだけじゃ、人生は変わらない。人生は「1に努力、2に努力、3に勇気」だと思うから。
LiLiCoさん:最後にもうひとつ。私、“present”っていう言葉が好きなんです。“現在”と“贈り物”っていう2つの意味があり、“今”というこの時間が、神さまからの贈り物だと思えるから。
だから私は、大切な人に「ありがとう」をちゃんと伝えたい。美味しいものを食べて、笑って、「今日も楽しかったな」って思える日を増やしたい。“HAPPY”は、“努力”と“勇気”さえあれば自分で生み出せるものだから、決して特別なものではなく、誰でもハッピーパーソンになれるんです。
だから私は、大切な人に「ありがとう」をちゃんと伝えたい。美味しいものを食べて、笑って、「今日も楽しかったな」って思える日を増やしたい。“HAPPY”は、“努力”と“勇気”さえあれば自分で生み出せるものだから、決して特別なものではなく、誰でもハッピーパーソンになれるんです。
~EPISODE:追憶の旅路~
人生でもう一度訪れたい場所はありますか?
悔いが残っているスペインに、もう一度行きたいですね。
昔、映画『シャーロック・ホームズ』のプレミア上映会と取材でマドリードに行ったんですが、行きの便の機内食にあたってしまって……。それでも現場では奮起して、『探偵物語』の松田優作さんみたいな衣装で、スペインの街を走り回ったんですよ。ただ顔が緑色になるぐらい体調が悪化して、好物の生ハムもオリーブも食べられず、ワインも飲めなくて。スペインは是が非でも、もう一度行きたい。いつかリベンジします!
昔、映画『シャーロック・ホームズ』のプレミア上映会と取材でマドリードに行ったんですが、行きの便の機内食にあたってしまって……。それでも現場では奮起して、『探偵物語』の松田優作さんみたいな衣装で、スペインの街を走り回ったんですよ。ただ顔が緑色になるぐらい体調が悪化して、好物の生ハムもオリーブも食べられず、ワインも飲めなくて。スペインは是が非でも、もう一度行きたい。いつかリベンジします!
マドリード
マドリードは、歴史ある街並みと芸術文化、美食が共存するスペインの首都。EU内においてパリに次ぐ規模の大都市圏でもある。マヨール広場やマドリード王宮など重厚な建築が残り、陽気なバル文化でも知られている。プラド美術館など世界的な文化施設も多く、年間を通じて世界中から観光客が訪れる。
(取材・文/鈴木 啓子 写真/刑部 友康)




