「受け継ぐ人がいれば、命は生き続ける」折原みとさん【インタビュー後編】~日々摘花 第66回~

コラム
「受け継ぐ人がいれば、命は生き続ける」折原みとさん【インタビュー後編】~日々摘花 第66回~
1985年に少女漫画家としてデビューし、以降40年にわたり、漫画や小説、エッセイ、絵本などの著作を200冊以上発表してきたベストセラー作家 ・折原みとさん。
中学生の頃、親しかった友人を病で亡くした体験は、折原さんの中に「人は死ぬ」という感覚を早くから刻み込んだそうです。作品の中で繰り返し描かれてきた「死」は、恐怖や悲劇のためではなく、死を描くことで今を生きる尊さを伝えたいから――。
後編では、折原さんの死生観、作品に込めてきた想い、さらに60代を迎えた今の生き方について語っていただきました。
小説家/折原みとさん プロフィール
1964年1月27日、茨城県生まれ。1985年に角川書店(『月刊Asuka』)で漫画家デビュー。87年に小説『ときめき時代 つまさきだちの季節』で作家としても歩みを始め、90年代には小説『時の輝き』『星色の翼』や漫画『るり色プリンセス』『天使のボディガード』などで幅広い読者を魅了、これまでに漫画、小説、エッセイ、絵本など著作は200冊以上に及ぶ。プライベートでは、神奈川県の湘南エリアのほか、故郷である茨城、八ヶ岳、横須賀などで愛犬と多拠点での生活を楽しんでいる。Instagramでは自身の暮らしぶりを発信し、注目を集めている。

中学生で初めて感じた身近な「死」

――折原さんは恋愛をテーマにしたティーンエージャー向けの作品を多く書かれていますが、多くの作品に「死」が登場します。

折原さん中学3年生の頃に親しかった友人が、がんで亡くなりまして。そのときに、「ああ、人って死んじゃうんだな」っていうのを、すごく身近に感じたんです。

彼女とはいろいろな話をしていたんですけど、中でも、将来こういうことをしたいとか、こうなりたいとか、夢についてもよく話してくれたのが印象深くて……。でも、その願いは叶わなかった。生きていたら実現できたかもしれないことが、できなくなったわけです。

生きていることは当たり前じゃない。だからこそ、今のこの一瞬一瞬を大切にしながら、精いっぱい生きたいって思うようになったんです。
折原さん:「死」や「病気」について、ただ書きたいわけではないんです。死があるからこそ、今生きていることが尊い。今を大事にしなきゃいけない、っていうことを読者のみなさんにお伝えしたくて作品の中では死を扱っています。

――コントラストとしての「死」。

折原さん:そうですね。たとえば、『きみと100年分の恋をしよう』の主人公である鈴原天音(すずはら・あまね)ちゃんは中学1年のときに小児脳腫瘍になり、手術をしても3年の生存率が70%と宣告されるんです。それまでは自分の言いたいことも言えずに、他人に気を遣いながら生きていて、夢や目標も持っていない女の子だったんです。でも、病気がきっかけで「いつ死ぬかわからない」と思い、引っ込み思案の性格を変えようとする。死を意識したことで、今を一生懸命生きようという気持ちが芽生えるわけです。

でも、死というものは、大病を患って余命宣告をされる“特別な人”だけの話ではないんですよね。病気になると死を意識しやすいですけど、誰だっていつ死ぬかわからないじゃないですか。事故に遭うかもしれないし、災害に見舞われるかもしれない。だから、みんな同じなんだよ、今を大事にして生きようよ、っていうことを、読者の方に感じてほしくて「生」と「死」を作品で描いています。

自分が書いた台詞に励まされる

――ご家族との死別を経験されて、死生観は変わりましたか。

折原さん:意外なほど、ずっと変わらないんですよ。中学時代の喪失体験で、死生観が定まってしまったのかも。それが顕著に表れているのがこれまでの作品です。初期の作品と最近の作品を比べても、設定や時代は変わっているものの、軸となるテーマは、ほぼ変わっていません

そういえば、20代半ばで書いた『時の輝き』という小説の中に、〈受け継ぐ人がいれば、命は生き続ける〉っていう台詞があるんです。大切な人がこの世を去っても、自分がその人のことを覚えていて、その人からもらったものを大事にして生きていけば、その人はずっと生き続けることができる――という意味です。

当時、私はまだ身内と死別したことがなかったんですけど、これを書いたあとで、いろんな人の死別を経験しまして。その度にこの台詞を思い出しては救われてきました。……自分の書いた台詞なんですけど。
――この言葉には多くの人が励まされると思います。

折原さん身内や大切な友人を見送るたびに、身に染みてわかるようになってきまして。〈受け継ぐ人がいれば、命は生き続ける〉って思うと、悲しみも少しは和らぐような気がするんですよね。

――この名台詞はどのようにして生まれたのですか?

折原さん:『時の輝き』を書いていく中で、完全に主人公・神崎由花(かんざき・ゆうか)になりきっていたときに、自然と出てきました。私、ひとつの作品を書く時にはその主人公にあわせて心を彼らの世代、例えば中学生にまで戻すんです。
――どうやって戻されるんですか!?(笑)

折原さん:ひたすら取材をします。取材といっても、中学生や高校生に会って話を聞くのではなく、彼ら彼女らが生活している場所を練り歩くのですが。

たとえば、『きみと100年分の恋をしよう』を書いているときはモデルにしている街があったので、その街に行って公園に行ってベンチに座ってみたり、中学校の周りを歩いたり

登校時間に合わせて朝早く行ってうろうろしていると、すれ違いざまに子どもたちの会話が聞こえてきたりして、「今どきの子たちはこんな会話をするんだな」とかリアルな情報を得られるんです。その際に、ひとつだけ気をつけていることがあって……ひとりで歩いていると怪しい人だと思われるので、愛犬のハルを連れてお散歩している人間を演じるようにしています(笑)。

ロケハンみたいなことをしていると、徐々に登場人物たちの気持ちになれてきて、先のような台詞が自然と出てくるんですよ。

60代おひとりさまライフを楽しむ

――これからの人生をどのように過ごしていきたいとお考えですか。

折原さん:一昨年60歳になりまして、「これはもう無理」「これはやっちゃいけない」って、年齢で自分の限界を決めるのをやめました

40代、50代のときは、「何歳だからこうしなきゃいけない」「何歳だからこれはできない」「今これをやったら恥ずかしい」というように、何となく自分に制限をかけていたんです。でも、60歳を迎えたら急に「もう、いっか!年齢なんて、あまり関係ないよね」みたいな感じになりまして。自分で自分の枠を取ったら、すごくラクになりました。カミングアウトもしちゃいましたし

――何をカミングアウトされたんですか⁉

折原さんバツなし独身であることです

隠していたわけではないんですけど、それまでは、一応少女漫画家と少女小説を書いているから、未婚を積極的にアピールしなくてもいいというか、あえて言わなくてもいいって思っていたんです。読者のみなさんに作品を通してきゅんきゅんしていただいているのに、「えっ? 作者が結婚していないの⁉ 」ってがっかりさせてしまうと悪いから

それで、いざ言ったら、「先生、実は私もなんです! 」っていう方が思いのほか、たくさんいたんです。公表したら、なんか楽しくなってきちゃった(笑)。
――今後、やってみたいことはありますか。

折原さん:やりたいことがありすぎるんですけど。ここ数年、実家の家じまいをしていたのもありますが、出てくる古い家具とか雑貨を処分せずにリサイクルできないかな、なんて考えてます。他のご家庭の不要な家具を、私がいったん引き取ってリメイクして、それをまた別の誰かにお渡しすること。将来的に、そんな仕事もできたらいいなと。

そこの廊下にある椅子は、ある一軒家の前に捨ててあったのを拾ってきたんですよ。

――え!? そんなふうに見えません。

折原さん散歩していたら偶然見つけて。あまりに素敵なので、「捨てているのか?」「いや、捨てているだろう」「本当に捨てている?」と考えていたら、その家から年配の男性が出てきて、「欲しいならあげるよ」って。この椅子、ウィンザーチェアといって、17世紀後半にイギリスの地方で誕生したカントリーチェア(民芸椅子)なんです。ずっと欲しいと思ってネットオークションでチェックしていたのと同じものだったんですよ。
ウィンザーチェアと横須賀のアトリエ
折原さん:その男性も家じまいをしている途中だったんでしょう。処分されるはずだった子たちが、他の場所で、また生き続けられるって素晴らしいですよね。横須賀に私のアトリエがあるんですけど、そこにも、友人や知人からいただいたものをリメイクした家具がたくさん並んでいます。いただき物の家具だけでコーディネートしているので、アトリエのインテリアにかかった費用は、ほぼ0円なんです。

物にも持ち主の思い出が詰まっていて、命があるわけですから、それを引き継いでいくのはすごく素敵なことだと思います。

――最後に、読者に言葉のプレゼントをお願いします。

折原さん:もちろん、「受け継ぐ人がいれば、命は生き続ける」という言葉を贈りたいです。20代でデビューしてこれまで、いろいろな経験をしてきましたけれど、この言葉に尽きます。自分や周りの人たちがその人のことを覚えていれば、その人は生き続けるのですから。

~EPISODE:追憶の旅路~

人生でもう一度訪れたい場所はありますか?
スペインのグラナダにあるアルハンブラ宮殿。何度訪れても特別な場所ですね。初めて行ったとき、不思議と懐かしい気持ちになって、「もしかしたら昔ここにいたことがあるんじゃないか」と思ったほどでした。
イスラム文化とヨーロッパ文化が溶け合った、アンダルシア地方独特の雰囲気がとても好きなんです。実は、以前書いた小説『アナトゥール星伝』はアルハンブラ宮殿で受けた印象が少なからず影響しています。
今は犬と暮らしているので、なかなか海外には行けませんが、死ぬまでにもう一度、あの空気を味わいに行きたいと思っています。

アルハンブラ宮殿

スペイン南部のアンダルシア地方に位置するグラナダの丘の上に建つ世界遺産。1984年にヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区とともに登録された。中世、ナスル朝グラナダ王国の初代の王・ムハンマド1世によって築かれた宮殿群で、アラビア模様の装飾や、美しい中庭、水を巧みに取り入れた空間など、イスラム文化とヨーロッパ文化が融合した独特の建築美が魅力となっている。
(取材・文/鈴木 啓子  写真/刑部 友康)