「この一瞬は、今しかない」谷村新司さん【インタビュー前編】~日々摘花 第14回~

コラム
「この一瞬は、今しかない」谷村新司さん【インタビュー前編】~日々摘花 第14回~
人は必ず、大切な人との別れを経験します。その深い悲しみと、そこから生まれる優しさを胸に、“今日という日の花を摘む”ように、毎日を大切に生きてゆく……。「日々摘花(ひびてきか)」は、そんな自らの体験を、様々な分野の第一線で活躍する方々に共有していただく特別インタビュー企画です。

第14回のゲストは、音楽家の谷村新司さん。本編は、前・後編の2回に渡ってお送りする、前編です。
音楽家の谷村新司さんが2023年10月8日に亡くなりました。74歳でした。謹んで哀悼の意を表しますとともに、心からお悔やみを申し上げます。
『アリス』のリーダーとして、またソロアーティストとして数々の名曲を世に出してきた谷村新司さん。2022年にデビュー50周年を迎える現在も全国のコンサート会場を飛び回り、公式動画配信サービス『タニムラテレビ』の立ち上げなど新たなチャレンジを続けています。前編では、音楽活動への思いと20代からの死生観についてお話しいただきました。

僕の原点。1000人のホールで20人のお客さんと車座で歌った日

ーー新型コロナウイルス感染症拡大の影響で音楽業界の活動にもさまざまな制約が生じていますが、谷村さんは会場によって中止や延期、再延期を余儀なくされつつも、全国でのコンサート活動を続けていらっしゃいます。また、2021年2月からは、公式動画配信サービス『タニムラテレビ(タニテレ)』でも新たなコンテンツを次々と発信されていますね。『タニテレ』はオリジナルのプラットフォームを使った動画配信サービスとしては日本の音楽家初の試みとのこと。どのような思いで始めたのでしょうか。

谷村さん:『アリス』活動初期、全国をコンサートしながら回っていた時、ある所で1000人入るホールなのに、お客さんは20人ほどで、ステージには僕たち3人だけ。「ステージに上がりませんか」と声をかけて、車座になって歌った事がありました。どんな状況でも、来てくれた人たちの為に歌を届けたい。その頃の思いが、僕の音楽活動の原点です。

コンサートが中止や延期となり人と人が逢う事が叶わない中で、大切なものは何かを考えた時、あらためてその原点に立ち戻りました。コンサートのチケットを握りしめて待ってくれている人たちに、今、自分ができることは何だろうと考えた結果が、『タニテレ』です。70代の自分が新たなデジタルメディアを始めることにより、同世代の皆さんに「一緒に学びながら、挑戦を続けましょう」と呼びかける思いもありました。

ーー『タニテレ』を拝見すると、新たなコンテンツが続々と追加されていますね。とくに谷村さんが企画・構成から手がけ、ひとつのテーマについてじっくり語る「ラジテレ」は週1回のペースで更新されています。

谷村さん:「ラジテレ」でこれまでお話ししたテーマは「食べる楽しみ」、「不要・不急」、「リズムとテンポ」などさまざま。視聴者の方々からSNSですぐリアクションをいただくので、その内容を次の回で紹介したり、新たな企画に反映するなど、皆さんと一緒に作っている感覚があります。

『タニテレ』は、外出がままならないファンの方にも喜んでいただけ、僕自身も楽しみながらやっています。一方で、2021年4月からソロコンサートツアーも再開し、市中の感染状況を見ながらの開催ではありますが、これまでに約15の会場で皆さんのお顔を見ることができました。

恋しさを感じ合っている者同士がようやく会えた瞬間というのは、言葉にできないほどの喜びなんですよね。ステージの幕が上がった瞬間に、たくさんのお客さんがすでに涙を流している姿を見て、胸がいっぱいになりました。これほどまでの感動を味わったツアーはかつてなかったように思います。

コロナ禍でこれまで「当たり前だったこと」が変わり、「当たり前のことなんて世の中にはなくて、日常は奇跡の連続だ」とあらためて気づかされました。皆さんとこうして出会えているのは、奇跡のようなもの。かけがえのないものをなくさないよう、困難な時こそ、動くことをやめてはいけない。そう思っています。

「よっこらしょ」の意味がわかってくる楽しみ

ーーコロナ禍をきっかけに命の尊さに気づき、これからの人生を考え直したという人も多いようです。谷村さんご自身はいかがですか?

谷村さん:僕の場合は、20代から「命には限りがある」と思って生きてきました。20代後半から30代前半くらいまでに作った歌は、ほとんどがそのことを書いていたんですよ。親が子どもに先立たれる「逆縁」を歌った『群青』も当時生まれました。日本経済が右肩上がりに成長し、世の中が新しいものを次々と消費していた70年代後半から80年代のこと。時代の空気感とは合わない歌だったので、よく「何書いてんの?」と不思議がられました。

ーー『昴』や『いい日旅立ち』もそのころ作られた歌ですね。確かに、「若くして老成されていたんだな」と感じます。

谷村さん:若いとか、歳を取っているとかは、実は感覚に関係ないんです。70代の僕が違和感なく話せる若い人たちって、すごくたくさんいるんですよ。

当時の僕は、70歳になっても恥ずかしくなく歌える歌を作ろうと思っていたんですよね。ただし、若いころは想像で詞を書くわけです。イマジネーションなんです。それが、歳を重ねると、だんだんリアリティを帯びてくる。一つひとつのフレーズの意味が「ああ、そういうことだったのか」と腑に落ちてくるんです。

例えば、ある程度の年齢になると、椅子に座る時に思わず声が出たりしませんか? 「よっこらっしょ」とか。若い時はその光景が心には浮かんでも、リアリティは薄かったかもしれません。ところが、歳を重ね、自分も「よっこらしょ」と言うようになると、それが自然なんだとわかってくる。僕にとっては歌も同じで、30代で作った歌が、60歳を過ぎてすごくフィットしてきました。

トラブル続きの北米ツアーでも想いは不変。「今、やりたいこと」を

ーー20代から「命には限りがある」と意識されていたというのは、何かきっかけとなるできごとがあったのでしょうか。

谷村さん:特別なことがあったわけではなく、ごく自然にそう思っていました。「命には限りがある」というのは、「この一瞬は、今しかない」ということなんですよ。過去はもう過ぎ去ったことですし、明日が来るかはわからない。「今を悔いなく楽しんで生きる」ということがすべて。だから、僕は常に「かつて」でも「いつか」でもなく、「今、やりたいこと」をやってきました。

『アリス』結成前、アマチュアバンドで出場した大阪万博のステージで知り合った細川健さん(後の『アリス』所属事務所社長)に誘われ、北米コンサートツアーに出かけた時もそうです。資金繰りのことも考えず「とにかくアメリカに行こう!」と日本を飛び出し、現地ではトラブル続き。無茶なことをしました。

でも、その時に、国籍も言葉も違うのに手を差し伸べてくれた人たちがいたんです。人の心の温かさが心に沁み、自分もそんな大人になりたいと思いましたし、アリスを結成したのも、世界中の人たちに音楽で恩返しをしたいという気持ちからでした。今もその思いは変わっていません。

「この一瞬は今しかない」と考え、一瞬、一瞬を思いっ切り楽しんで生きていたら、70歳になっていた。そう思えることの大事さを、今感じています。

ーー今を大切に生きる理由も、「よっこらしょ」と同じように、年を経てだんだんとわかるものなのかもしれませんね。

谷村さん: 過去の自分がなぜそう思ったのか、そうしたかったのかという答えが徐々に見えてくる。年を重ねるというのは、そういう楽しみがあるんですよね。

~EPISODE:さいごの晩餐~

「最後の食事」には何を食べたいですか?
ソウルフードのきつねうどん、でしょうか。実家の近所においしいうどん屋さんがあって、父がよく出前できつねうどんを頼んでいました。やはり、幼いころから食べ親しんだ味が僕の味覚を作ってくれたんでしょうね。もう閉店してしまったのですが、『道頓堀今井』の出汁と「おあげさん」がそのお店の味に近く、食べるとほっとします。理屈じゃなくて、細胞が反応する感じです。

道頓堀今井の「きつねうどん」

昭和21年創業、大阪・道頓堀の老舗うどん店。定番商品の「きつねうどん」は、ふっくらと炊き上げた程よい甘さのおあげとコクと旨味のある出汁、もちもちのうどんが味わえる。こだわりの出汁やうどんのセットは全国の百貨店やオンラインショップでも購入できる。
・道頓堀今井HP https://www.d-imai.com/

#おあげさん

「おあげさん」は、関西弁で油揚げのこと。関西では「薄揚げ」とも呼ばれる。きつねうどんに乗せる「おあげさん」は甘めに煮含めるのが関西の味。

プロフィール

音楽家/谷村新司さん

【誕生日】1948年12月11日
【経歴】大阪府生まれ。1971年、バンド『アリス』を結成。1972年『走っておいで恋人よ』でデビュー。『冬の稲妻』『チャンピオン』をはじめ数多くのヒット曲を輩出し、1974年にはソロ活動も開始。『昴』『いい日旅立ち』など名曲の数々を世に出す。また、長年にわたってアジア各国のアーティストとの交流を深め、音楽を志す若者の育成にも尽力している。上海音楽学院名誉教授、東京音楽大学特別招聘教授。
【そのほか】
谷村新司オフィシャルHP http://www.tanimura.com/

Information

公式動画配信サービス『タニムラテレビ』(通称「タニテレ」)では、谷村さんがさまざまなテーマについて語る「谷村新司のラジテレ」やコンサートのリハーサル風景や楽屋での様子ものぞける「密着ドキュメント」など豊富なオリジナルコンテンツのほか、過去のライブ映像も楽しめる。
(取材・文/泉 彩子  写真/刑部 友康)