「”今日も楽しかった”と思える毎日を」戸田奈津子さん【インタビュー後編】~日々摘花 第69回~

コラム
「”今日も楽しかった”と思える毎日を」戸田奈津子さん【インタビュー後編】~日々摘花 第69回~
映画字幕翻訳者として数々の名作を日本へ届けてきた戸田奈津子さん。ハリウッドスターや世界的映画監督の通訳も務め、スクリーンの内外で映画の魅力を伝え続けてきました。
前編では、戦争で父を亡くし、女手ひとつで育ててくれたお母さまとの思い出や別れを通して、「人は誰かの心の中で生き続ける」という死生観についてお話いただきました。
後編では、その想いを胸に、戸田さんがどのように「今」を生きてきたのか――。限りある人生をより豊かに生きるための考え方や信念について伺いました。
○映画字幕翻訳者/戸田奈津子さん プロフィール
1936年7月3日生まれ、東京都出身。津田塾大学英文科卒業。会社勤務などを経て、映画字幕翻訳者に。『地獄の黙示録』『E.T.』『タイタニック』『バック・トウ・ザ・フュ−チャー』『ミッション:インポッシブル』シリーズなど、1500本を超える外国映画の字幕翻訳を手がける。字幕翻訳の第一人者として活躍する一方、世界的映画人の通訳としても長年映画界を支え、日本の海外映画文化の発展に大きく貢献。1992年、第1回淀川長治賞受賞。現在も映画や文化に関わる活動を続けている。

私の半世紀を支えた、映画字幕翻訳の仕事

――戸田さんは、約半世紀にわたり映画字幕翻訳の仕事を続けてこられました。字幕翻訳者になられたきっかけは何だったのでしょうか。

戸田さん:小学5年生の時に、最初に観たアメリカ映画の1本が『キュリー夫人』(1946年公開)で、こんな別世界があるんだと衝撃を受けまして。このころ初めて洋画に触れて映画の虜になったのですが、字幕翻訳の仕事を意識したのは、高校時代に観た『第三の男』(1952年・英)ですね。

日本語訳の字幕が、単なる直訳ではなく、洗練されていてとても素敵だったんですよ。作品自体大好きで、どこどこの映画館で上映すると聞けば、東京の端まで足を運んだほど。トータルで50回ぐらいは観たかしら? 頭の中にDVDが入っているかっていうぐらい、内容も台詞も覚えましたね

その後、英語を学びたくて津田塾大学に進学しまして、就職活動をする時に字幕翻訳の仕事をしたいと思ったんです。でも、どうすればなれるのかわからなくて、字幕翻訳の第一人者だった清水俊二先生に、思いきってお手紙を書きました。私は普段そういうことは絶対にしないんですけど、あの時は本当に思案に余ってね。まさに「清水の舞台から飛び降りる」ような気持ちでした。人生で人に懇願したのは、あれが最初で最後(笑)。

先生はお返事をくださって、「難しい世界だから」と言われましたけれど、「いつかは……!」という気持ちは抱きつつ、生命保険会社に就職しました。

――そこからどのようにして映画字幕の世界へ?

戸田さん:待遇面に不満はありませんでしたけど、社長秘書の仕事にやりがいを持てず、1年半で退職。その後は、フリーで広告代理店や通信社で英語翻訳をしたり、英語で原稿を書いたりしていました。清水先生からの紹介で『鉄腕アトム』をはじめとする日本の輸出作のシナリオの英訳もさせていただきましたね。

30歳の時に、当時日本ユナイト映画の宣伝総支配人だった水野晴郎さんの紹介で、来日する映画人の通訳を担当することになりまして。これがきっかけで通訳の仕事が増え、字幕翻訳も少しずつさせていただくようになりました。

転機になったのは、43歳で字幕翻訳を担当した『地獄の黙示録』(1979年・米、監督フランシス・フォード・コッポラ)。いわゆる大作を担当したのは、この作品が初めて。コッポラ監督との打ち合わせでコッポラ邸に行ったり、フィリピンのロケ地にも同行したりして、私にとっては非常に思い出深い特別な作品です。

――本格的に字幕翻訳者としてデビューされたのが40代とは驚きました。

戸田さんやっぱり映画が好きだったんです。好きだったから諦めなかったし、約半世紀ずっと続けてこられたのだと思います。

唯我独尊。他人に左右されずに、自分らしく生きる

――約半世紀、お仕事を続けてこられた原動力は何ですか。

戸田さん:楽しいからやってきただけです。理由はいたってシンプル。基本的に嫌なことはしない人間なんです。映画が好きで、字幕翻訳の仕事が楽しかったから続けてこられた。ただそれだけです。

――楽しく働き、生きていくためには何が大切ですか。

戸田さん自分が好きなことは何か、楽しいと思うことは何か。それを見つけることだと思います。

――好きなことや楽しいと思えることを見つけられない人も少なくありません。

戸田さん:そうなんですか? 私の若い頃と違って、いろいろな情報があるからかしら?

でも、楽しいと感じることがひとつもない人はいないでしょう? 自分はどんな時に楽しいと感じるのか、ということを考えてみるといいと思いますよ。それでもだめなら、子どもの頃を思い出してみると何かヒントがあるはず。絵を描くのが好きだったとか、走ることが好きだったとか、本を読むのが好きだったとか。幼い頃に本能的に“やりたい”と思ってやっていたことが、その人に与えられた天賦の才能だと思いますから。

好きなことを続けていけば、いつか花が開く。例えば、イチローさんや大谷翔平さんは野球がずっと好きですよね。彼らは天才だから例えが極端かもしれませんが、好きでやり続けることは大事だと思います。

――好きなことを途中で諦めてしまう人もいますが、戸田さんはなぜ貫くことができたのでしょうか。

戸田さん:私は昔から、周囲の目を気にしませんでした。本当に唯我独尊。一人っ子でしたし、母は働いていましたから、昼間はほとんどひとり。祖母が一緒に住んでいましたけど、子どもの話し相手にならないので(笑)、やることといえば本を読むことぐらい。

中学生の頃から英語は好きでしたね。当時、わが家は『LIFE(ライフ)』というアメリカの雑誌を講読していたんですけど、写真が中心の雑誌で、キャプションがすべて英語だったので、英語の分からない祖母に訳してあげていました。写真と併せれば……つまり字幕の初歩という感じになるのかな。

1日1日を情熱的に

――なんと中学生で字幕翻訳デビュー!

戸田さん:字幕翻訳ってほどのものではないですよ。かなり昔のことなので、詳しくは覚えていませんけれど、翻訳することが好きだったのでしょうね。好きなことでしたから、「好きが才能を伸ばす」と考えれば、少しは才能があったといえるのかもしれません

――環境や周囲の目、SNSなどでの他人の意見を気にして、行動に移せない人が多いように思います。

戸田さん:私は一切気にしません、誰が何と言おうと。悪口を言われても気にしない。無責任なSNSや掲示板の書き込みなどは、読まなければいいのです

人はみんな違います。他人と同じである必要も、誰かの意見に合わせる必要もない。私は昔から人に合わせようとか、比べようとか、そう思ったことがありません。自分が好きなことをやって楽しいなら、それで十分です
――これからの人生について、どのように考えていらっしゃいますか。

戸田さん目標なんてものはないですよ、あと何年生きるかわからないんだから(笑)。私は、今日1日を楽しく過ごせれば、それで十分。そういう気持ちでいます。

――「終活」という言葉が一般的になってきましたが、戸田さんは万が一のために準備されていることはありますか。

戸田さん遺言は書きました。ひとり身だから、親戚や友人たちに迷惑をかけたくない。だから書いておかないと、と。
戸田さん:身の回りの物もなるべく整理しようとしていますけど、モノを捨てるのは簡単だからまだ手を付けていません。家具などの大きなものは必要最低限のもの以外は買っていませんしね。

――手がけた作品のビデオやDVD、資料などはどうされるのですか。

戸田さん:今やもうデータで全部処理できてコンピューターの中に入っているから、何も残っていないです。私が担当したDVDやビデオを保管していたら膨大な量になり、家があと2軒ぐらいないと収まりきらない! 見たい作品があったら、今は配信でも見られますし

――お仕事以外の楽しみは?

戸田さん最近は刺繍をしています。洋裁は興味ないけど、刺繍は好きなんですよ。大学生の頃によくやっていたんですけど、社会人になってからは時間がなくて全然できなくて。半世紀経って、今ようやく時間ができたので
戸田さん:ただ、つくったものをどうするかが問題なの。刺繍を仕上げて差し上げても、たぶん相手は困る。本当にどうしようかしら(笑)。

――大切な人を亡くした時に心の癒しになるようなオススメの映画を1作品教えてください。

戸田さん:素晴らしい作品がたくさんあるので、1本に絞るのは難しいんですけれど……。映画はそれぞれの作品にいろんなメッセージがあるにしても、心を明るくするような、楽しめる作品ということでいえば、『ウエスト・サイド物語』(1961年・米、監督ロバート・ワイズ&ジェローム・ロビンズ)がお勧めです。

私がミュージカルを好きなこともあるんですけど、ジェローム・ロビンズの振付やレナード・バーンスタインの音楽など、どれをとっても超一流で、本当に素晴らしい。『ロミオとジュリエット』から着想を得ているので、悲恋の物語ではあるけれど、何度も見ても楽しいですし、高揚感を味わえます。読者のみなさんは、おそらく大切な人を亡くされた経験をお持ちでしょうから、心を晴らすひとつの作品として楽しめますよ。

――最後に、読者の皆さんにも言葉のプレゼントをお願いします。

戸田さん:やっぱり「情熱」じゃないかしら

情熱を傾ける対象は、仕事でも趣味でも人でもいい。「これが好き」と思えるものを見つけて、情熱を持つこと。情熱があると、人は前へ進めると思うので

逆に、情熱を失ってしまうと、何をしていてもつまらないでしょう? だから、自分が夢中になれるものを見つけることが大事だと思います。

好きなことに夢中になれば、それだけで毎日はずいぶん違ってきますよ。みなさんにも情熱を持っていただきたく、この言葉を贈ります。

~EPISODE:さいごの晩餐~

「最後の食事」には何を食べたいですか?
冷たいお蕎麦。十割とか二八とか、そういうことにはこだわりません。美味しいお蕎麦なら、それで十分。「どうしてお蕎麦なの?」と聞かれても、特別な思い出があるわけではなく、ただ好きなだけ。
お蕎麦は、白っぽい更科系の細い麺が好みです。やっぱり麺はのどごしがいい細麺に限ります。最後の1食も、そんな美味しい冷たいお蕎麦だったら満足ですね。

更科蕎麦

更科蕎麦は、江戸そば御三家のひとつとして知られ、およそ200年前には誕生していたと言われている蕎麦。そばの実の芯を使った白い更科粉だけを用いた、白く細い麺が特徴。信州更科(現在の長野県長野市)出身の布屋太兵衛が江戸・麻布永坂に開いた「信州更科蕎麦処 布屋太兵衛」をルーツとし、穏やかな香りと上品な甘み、つるりとしたのどごしで、多くの人に親しまれている。
(取材・文/鈴木 啓子  写真/鈴木 慶子)